軟式球で史上最速とされる150キロを出し、今春に高知に入学した森木大智投手(1年)が四国大会で公式戦デビューした。「怖がらず、堂々と投げられたのはよかったと思います」と16歳右腕は振り返った。

背番号20でベンチ入り。3-7の8回から3番手で救援登板し、2回を3安打1失点。1奪三振で最速は145キロ。試合は追い上げおよばず敗れた。

「ピッチャー森木くん」のコールがあると、松山坊っちゃんスタジアムの客席が沸いた。どよめきとともに「待ってました」「よ、出ました」とネット裏から声が飛び、大きな拍手が起きた。注目を浴びる中、大型1年生が初めて公式戦で投球を披露した。

8回の1人目は落ちる変化球で空振り三振。2人目は142キロで三ゴロ。3人目には143キロを左前打されたが、盗塁死で無失点で切り抜けた。

9回は先頭に141キロを大きな左飛。続けて141キロを左前打され、さらにヒットエンドランが左前打になり1死二、三塁のピンチ。ここで遊撃に平凡な打球を打たせたが、遊撃が本塁に高投(記録は野手選択)して失点した。後続はスライダーで二ゴロ、最後は2死二、三塁から144キロで中飛にさせた。

9回の攻撃では1点返して6-8とし、なお2死一、三塁で2打席目が回ってきた。1発出れば逆転サヨナラという状況だったが遊ゴロに倒れ、ゲームセットになった。

4月下旬に右肩に張りを感じていた。練習試合で短いイニングを2日連投。軟式時代にも経験した違和感だったが、硬式では初めてで「少し怖さがあった」と投球を控え、前日に再開したばかりだった。

高知中でも3年間、森木を指導し、誰よりも右腕のことを知る浜口佳久監督(43)は慎重に状態を見極め、四国大会も問題なしと判断した。成長のために大きな舞台をこの時期に経験させたい思いもあった。違和感が出る前の段階では、初戦は救援、準決勝は登板させず、決勝でイニング限定ながら先発させるプランを描いていたという。

森木は「万全ではなかったけど、イニングを制限して投げさせてもらった。公式戦は相手の向かってくる姿勢が全然違いました。3年生と甲子園に行くために、もう1度見直して、頼られる投手になりたい」と成長を誓った。

森木は硬式球を握ってもブルペンでは149キロを投げている。すでに主力に近い力を持っているが、浜口監督は「直球で打ち取れる投手になってほしい。球速は上がってきたが、球速より球持ちや回転を伸ばして、精度を上げてほしい。140キロくらいでコースにビシビシ投げられれば」と期待した。

この日は無四球と制球に苦しむことはなかったが、直球が甘く入り痛打された。一方でスライダーなどの変化球も一級品で、センバツ出場の高松商の主軸と真っ向勝負できた。残り2カ月の成長次第ではエース格になる可能性を示した。

 

◆森木大智(もりき・だいち)2003年(平15)4月17日、高知県土佐市生まれ。蓮池小3年時に高岡第二イーグルスで軟式野球をはじめ、内野手や捕手、投手。高知中では1年時から投手。3年時に春夏の全国大会を制覇。184センチ、82キロ。右投げ右打ち。両親と姉。