高校野球神奈川大会(7月7日開幕)を前に、横浜隼人と横浜商大高の強豪2校による「引退試合」が27日、横浜スタジアムで行われた。

近年、夏の大会前に各地で行われる3年生引退試合の先駆けとされる、伝統の一戦。ともに部員数120人超の大所帯で、30人以上の3年生が最後の夏にベンチ入りできない。高校野球にケジメをつける選手、逆転の選手登録にかける選手…思いがぎっしり詰まった雨のハマスタに涙があふれた。

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にじむ視界は強くなる雨のせいか、それとも。感極まる教え子たちに、横浜隼人の水谷哲也監督(54)が「泣くな! どこか痛いのか!」と叫び、ほほ笑む。夏の背番号が遠い3年生たちが、夜のハマスタで最後の力を振り絞った。

相鉄線沿線の両私立校がこの時期に「引退試合」を始めて約20年。ここ10年は横浜スタジアムに舞台を移した。横浜隼人には47人、横浜商大高には55人の3年生がいる。背番号がもらえるのは1チーム20人。強豪校での競争は各自で選んだ道とはいえ、背番号に3年間縁がない高校球児も決して少なくない。

椎名太洋投手(3年)もそんな1人。「ゴールは高校野球じゃなく、将来に役立てたいと考えたら、ここだった」と大所帯ながら、人間教育に定評がある横浜隼人を選んだ。レベルは高い。思うようにはいかない。「でもシンプルに野球が好きなので」と必死に食らいついてきた。

この春、弟の康成(1年)が後輩になった。一緒に通学することもある。わずかながら滑り込みメンバー入りの可能性も残る引退試合で、兄は初球から大暴投だった。それでも「このチームや弟に勢いをつけられたら、託すような投球ができれば」と腕を振った。メンバー外になっても、弟に何かを残せるように。

田辺駿太郎外野手(3年)は公式戦経験がほとんどない。この日は初回に併殺打。監督から「(試合進行の)スピードアップマン!」とちゃかされた。「埋められない力の差もあった。でも、人生で大切なことをたくさん学べた」と悔いはない。最後にもう1回、打席が回ってきた。強振したバットが空を切った。

厳しいがそれも現実。夢に燃える若者が、自分の立ち位置を知ることは青春の大事な学びだ。水谷監督は「俺は野球をやってきたんだ、と言える環境を最後には作ってやりたい」と毎年、舞台を用意する。屈辱も寂しさも押し殺し、全てを出し切って愛着あるグラブを置く。

試合は横浜商大高が4-3で勝利。両校の3年生102人で夜空へ帽子を飛ばした。横浜隼人では近日中に最終メンバー発表が行われ、背番号のない3年生たちは裏方で大会を支える。表舞台とは無縁だった彼らに「神奈川県の高校野球を引っ張ってほしい」と水谷監督は願う。甲子園だけが、フィールドだけが高校野球ではない。【金子真仁】

○…鉢巻きを巻く横浜隼人の女子マネジャーたちも戦った。最終回に若林桃子、弘中千帆、ブアセーン・シリラックの3人で、マウンドの加藤謙志郎投手(3年)への伝令へ。輪を作り、内野陣とともに静かに天を見上げた。夏の大会ではスタンドで声援を送る。

▽横浜隼人の夏初戦(2回戦)は7月14日。荏田対大磯の勝者と戦う。プロ注目の大型左腕・佐藤一磨投手(3年)を擁し、09年以来2度目の優勝を狙う。カブス傘下3Aの田沢純一投手(33)の母校・横浜商大高は同11日に麻生との初戦。03年以来の甲子園を目指す。両校は横浜スタジアムでの準々決勝で再戦する可能性がある。