春季県大会8強の新潟工は82年以来2度目の甲子園を目指す。7月10日の1回戦(五十公野公園野球場)は「新潟向陽・万代・羽茂」の連合チームと対戦する。チームをけん引するのは左腕エースの桐生隼(3年)。昨年から悩まされていた左肩、肘のケガから復活した。最後の夏、培ってきた力を発揮する。

普段の練習のブルペンから桐生は常に試合モードだ。カウント、場面だけでなく、打者の立ち位置、バットの持ち方までも想定する。「もっと球速を上げたいし、制球力もつけないと」。意欲の高さは好調さを示す。

春季県大会、新潟工は準々決勝で日本文理に1-8(7回コールド)で敗れた。桐生は先発して5回6安打で4失点。ただ、6三振を奪い、3回までは無失点の内容だった。「自分が崩れて打たれた」と反省すると同時に「思ったより三振を取れた」と手応えもあった。伊藤政人監督(59)は「低めの直球が良くなった」と成長を認める。

昨年は春先から左肩、肘に痛みがあった。夏の登板は2回戦の東京学館新潟戦(2-9、7回コールド)の1回1/3だけ。その後、新チームになってからも40日間ノースローだった。秋季県大会は2回戦の北越戦(1-7)で打者1人に投げて適時打を許し降板。思い通りに投げられなかった悔しさが、今の土台にある。

春季県大会前、桐生は北越戦での降板について伊藤監督に聞いた。答えは「まだ信頼できないから」。それも親心。伊藤監督は「やっと来てくれたと思った。感じてほしかった」と言う。もちろん桐生には火が付いた。「見返してやろうと思った。伊藤先生にきっかけをもらった」。

筋トレに加え、メディシンボールを使って筋力を強化。ダッシュ中心の走り込みも行った。体が開かないよう、自宅ではシャドーピッチングを日課にする。向上心と、それに伴った努力を重ねてきた。初戦を突破すれば、昨秋に敗れた北越。「打たれない投球をする」。固い決意を言葉にした。【斎藤慎一郎】

◆桐生隼(きりゅう・はやと)2004年(平16)8月21日生まれ、新潟市出身。立仏小5年から野球を始める。黒埼中では軟式野球部に所属し、主に外野手。2年生の時に県大会に出場した。新潟工に入学し、投手に転向。憧れのプロ野球選手はパドレスのダルビッシュ有。170センチ、59キロ。左投げ左打ち。

○…伊藤監督は今夏を最後に勇退し、来年3月に定年退職を迎える。昨夏に99年以来の新潟工監督に復帰した。前回監督時は98年秋、99年春と優勝し、99年夏は準優勝。甲子園出場こそならなかったが、一時代を築いた。当時は厳しい言葉で選手を叱咤(しった)したが、今は「ほとんど怒りませんよ」と笑う。練習中は1人1人に声をかけ、体調や考えを聞くなど選手のモチベーションを高めることを意識してきた。「この子たちと野球ができなくなると思うと寂しい。1日でも長く一緒にやりたいです」と目を細めた。