磐田西の村松遼太(かなた)マネジャー(3年)は、難病と闘いながら、最後の夏を迎える。現在のチームが始動した昨秋からノックを担当。選手たちと一緒に汗をかいている。「裏方でも、好きな野球ができたのは監督や仲間のおかげ。感謝しかないです」。スイングに思いを込める。

病名は「動脈瘤様骨嚢腫(どうみゃくりゅうようこつのうしゅ)」。骨に痛みや腫れが生じる病気で、小学校低学年から手術を重ねてきた。磐田城山中では中堅手としてプレー。体への負担を考え、高校では野球を続けず、特技のピアノを生かして軽音楽部に入るつもりだった。

磐田西入学時の部活動見学で、気持ちが変わった。野球部の山口遼太監督(33)から「マネジャーにならないか」と誘われ、入部を決意。練習や試合の準備などに加え、現在のチームではノッカーも担当。ノックバットを片手に選手を鼓舞し、チームの雰囲気作りにも役立っている。

さらに自主練習の手伝いや、動画撮影をして打撃フォームを分析するなど、中学までの選手の経験を生かしている。そんな貢献ぶりが認められ、今年4月9日の誕生日には、チームメートから木製のノックバットを贈られた。「最高にうれしかった」と笑顔。7月9日に県大会1回戦(対浜松湖南)が行われる磐田球場で、試合前のシートノックを行う予定だ。「最高の舞台。3年間の集大成として、成長した姿を見せたい」と強調した。【山口昌久】

◆動脈瘤様骨嚢腫(どうみゃくりゅうようこつのうしゅ) 骨に形成される腫瘍性病変の一種。膝や骨盤などの骨に出現して、痛みや腫れ、骨の変形などの症状が出る。若年層に発生する珍しい病気。良性の腫瘍だが、手術などによる治療が必要。再発することもあるため、経過観察が欠かせない。

◆村松遼太(むらまつ・かなた)2004年(平16)4月9日、磐田市生まれ。小学5年時にソフトボールチーム「国一マリナーズ」(磐田市)入団。城山中では軟式野球部で県大会出場。将来の夢は理学療法士。167センチ、63キロ。家族は両親と弟。血液型O。

◆磐田西 1946年創部。エースの山下は、最速130キロの直球とスライダーが武器。緩急で勝負する山本崇と、テンポの良い播磨が控える。杉山三塁手は球際に強い。二遊間の安達と高野は堅守。大村中堅手は、守備範囲が広い。打線では、出塁率の高い1番大庭と、勝負強い4番山中がけん引役。現チームでの公式戦初勝利と、夏は2年ぶりの白星を目指す。校内ではあいさつ、清掃、服装など、野球部が率先して手本を示す。