鶴岡東が3季連続で山形の頂点に立ち、2年ぶり8度目の甲子園出場を決めた。東北文教大山形城北に11-1の快勝。先発の杉浦朔(さく)投手(2年)が8回2/3を投げ、5安打1失点の好投を見せれば、打線が先発全員安打の16安打11得点と援護。最後は公式戦初登板の佐藤彪人(ひょうと)投手(3年)が、遊ゴロで試合を締めた。昨秋から県内無敗の鶴岡東ナインが、勢いそのままに甲子園へ乗り込む。

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誰もいないマウンドで、歓喜の輪が少しずつ出来上がった。10点リードの9回2死一塁、最後の打者を遊ゴロに打ち取った佐藤は、その場で勝利の瞬間を待ち受けることなく、一塁のカバリングに走った。「いつも通り走りました」。ノックでは毎回、カバリングに走る。体に染みついた動きだった。捕手と内野手陣がマウンドに集まる中、少し遅れて合流。みんなの表情を見て「ホッとしました」。9回2死からの公式戦初登板を無事に乗り切った。

ナインは「自分の結果よりもチームの勝利」と口をそろえる。佐藤のカバリングもその1つ。徹底したチームプレーの表れだ。しかし、それは出場メンバーだけの意識ではない。背番号のない選手たちも、チームの勝利のために全力を尽くしてきた。

表彰式を終えた選手らと抱き合うメンバー外の選手は皆、目に涙を浮かべていた。稲岡大輝外野手(3年)は「例えば雨の日、メンバーに入れなかった選手で朝日が昇る前から、水取りをする。メンバーが一番プレーしやすいように頑張ってきた」。はだしで朝早くから練習環境を整え、メンバーを支えてきた。マウンドに集まる選手たちの姿は、やってきたことが報われた瞬間だった。

稲岡と抱き合った3番打者の日下心内野手(3年)は、「ありがとうと伝えられた。ありがとうと返しました」。稲岡には「甲子園に連れて行くから」と宣言していた。「全員甲子園を目指して練習してきた。それでもベンチに入れなくて悔しい思いをした人がいっぱいいる。ここで負けたらその人たちのためにならない」。チームのために-。有言実行の優勝だった。

グラウンドに立つ選手も、ベンチ内もボールボーイもスタンドも、みんなが鶴岡東。甲子園でも、徹底した全員野球で勝利をつかみ取る。【濱本神威】

◆鶴岡東 1968年(昭43)、鶴岡商業として開校の私立校。77年に鶴商学園に名をかえ、00年から現校名。生徒数は601人(女子286人)。野球部も68年創部、部員は107人。甲子園出場は春2度、夏8度目。主なOBは元阪神の青木重市、元ソフトバンクの吉住晴斗。所在地は鶴岡市切添町22の30。斎藤哲校長。