3年ぶり11度目出場の北北海道代表・旭川志峯は広陵(広島)に1-3の逆転負けで初戦敗退した。史上最遅の午後7時29分に開始したナイター試合を制することはできなかった。先発した背番号10の大渕蒼空投手(3年)は6回6安打2失点(自責1)。兄の路偉捕手(北海学園大3年)の背中を追って入学し、兄弟そろって聖地でプレーしたが、現校名で初の甲子園勝利を逃した。
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旭川志峯ナインに涙はなかった。力を出し尽くしての善戦。32年ぶりの勝利には届かず、満月に照らされた聖地を後にした。大渕は先発としての役目を果たし、試合を組み立てた。スライダーとスプリットで広陵打線を苦しめた。初回併殺に仕留め、順調な立ち上がり。4回の同点打は味方の失策が絡み、6回の勝ち越し点は犠飛で献上。決して打ち崩されて負けたのではない。完投できなかった悔しさだけは残るが「自分のピッチングができた。楽しかった」と、きっぱり言い切った。山本博幸監督(45)も「よく頑張った」とうなずいた。
兄弟そろって聖地に立った。大渕の兄路偉は同校OBで旭川大高として出場した22年に甲子園でプレー。兄が果たせなかった甲子園勝利を目指して3年後、弟がマウンドに立った。猿払村出身で、父英樹さんはホタテ漁師。中学進学と同時に母訓子さんと一緒に野球のために旭川に引っ越した兄と、中高と同じ道をたどって来た。家族がアルプススタンドから見守る中、右腕を振った。
チームは春の地区初戦負けからはい上がって、たどり着いた舞台だった。22年8月に就任した山本監督にとっては指揮官として初の全国采配だった。97年にエースとして出場したOB監督は、春の大会後に「最初で最後」という稲葉遼内野手(3年)と、この日「1番左翼」で先発した熊野瑠威(3年)の2人の「ダブルキャプテン制」で、夏の聖地まで駆け上がってきた。23年に旭川大高から現校名に変更してから初の甲子園だった。勝利は来年以降の後輩たちに託す。【保坂果那】
◆初戦8連敗 旭川志峯は旭川大高の校名で出ていた97年から甲子園出場8大会連続初戦敗退(いずれも夏の大会)。春の大会を含めた初戦連敗では盛岡大付の9連敗、松商学園の8連敗があるが、夏だけで8連敗は既に最長となっていた記録を更新した。

