論争が巻き起こったア・リーグMVP争いはヤンキースのアーロン・ジャッジ外野手(30)がエンゼルス大谷翔平投手(28)に130ポイント差をつけて受賞した。1位票はジャッジ28に対し、大谷は地元ロサンゼルスの記者2人による2票だけだった。ジャッジが歴史的シーズンを送れば、大谷も史上初のダブル規定到達というこれまた歴史的偉業を成し遂げた。もう少し票が分散してもよかったかもしれない。今季サイ・ヤング賞選出ではア、ナ両リーグいずれも満票でバーランダー(アストロズ)とアルカンタラ(マーリンズ)が受賞しており、最近は票が極端に集まる傾向が目立つ。

票が偏る理由は、ほとんどの記者が選手の価値を示す指標「WAR」を重視するようになったこともあるだろう。もう1つは、全米野球記者協会(BBWAA)の投票方式によるところも大きいのではないかと思う。

日本では各賞の記者投票が無記名ということでファンから「記名投票にすべき」という批判が起こることがあるが、米国はどの記者が誰に投票しているかがすべて公表されている。特にSNS時代となった近年は、たまに疑問を持たれるような投票をすると批判の集中砲火を浴び、説明が求められるようになった。ひどい時は炎上することもある。そんな状況を避けるため、空気を読んで投票するというケースが、最近は多いのではないだろうか。

米国では声の大きい有名記者が多い。そうした“セレブ記者”の発言が、米スポーツメディア界の空気を作っていくという流れがある。しかも米スポーツメディアは各賞発表前に「我々の考えた各賞受賞者」特集を組むことが多いので、それも空気を作る一役を買っている。それら特集でジャッジは断トツだった。

BBWAAの投票は、球団が本拠地を置く各都市で毎年、選ばれた投票者が投票している。ア・リーグの球団がある都市なら、そこのBBWAAからア・リーグの新人王、最優秀監督賞、サイ・ヤング賞、MVPの投票者を選ぶ。しかも投票権が与えられるのは各賞各都市2人ずつ。つまりア・リーグの1球団がある都市は、8人の投票者が必要になる。ア、ナ両リーグの球団がある都市なら16人だ。最近は米メディアの数が減っているため、小都市では8人の記者をそろえるのにも苦労する。駆け出しの新人や普段は他のスポーツを主にカバーしている記者が投票者に選ばれることもある。その投票者に特別な考えがなければ、WARの指標や、メディア界の空気に影響される傾向が強くなるだろう。圧倒的多数の声とは違う投票をしたとき、投票した理由を理路整然と、誰もが納得できるように説明する覚悟が必要になるため「右ならえ」となるのではないだろうか。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「水次祥子のMLBなう」)

22年7月、ホームランダービー1回戦をヤンキースのジャッジ(右)と観戦する大谷
22年7月、ホームランダービー1回戦をヤンキースのジャッジ(右)と観戦する大谷