MLBは今、癖盗み全盛の時代に入っているのかもしれない。今季はサイン伝達機器「ピッチコム」の導入が一気に広がり、サイン盗みが困難になったことが影響していると推測される。

エンゼルス捕手スタッシが右足に付けるサイン伝達に使用する電子機器レーダー「ピッチコム」(2022年5月撮影)
エンゼルス捕手スタッシが右足に付けるサイン伝達に使用する電子機器レーダー「ピッチコム」(2022年5月撮影)

誤解のないように先に触れておくが「癖盗み」も「サイン盗み」も違反ではない。米球界では、選手やコーチが自分の目で見て相手のサインを解読するのは野球の技術の1つとしている。癖盗みもこれと同様で、選手やコーチが自分の目で見て解読したり、試合前後に相手をビデオで研究し癖を解読することは、何も問題ない。ただしサイン盗みにもルールというものがある。2017年のアストロズが、試合中にベンチ裏で試合映像を見て相手のサインを確認し打者に瞬時に伝えていたことで処分を受けたが、ライブ映像を含む電子機器を使用することは違反とされている。

最近は多くの球団が投手の癖盗みにリソースをつぎ込んでいるようで、その精度は相当に上がっているとみられる。スポーツ・イラストレイテッド誌のベテラン記者トム・バーデュッチ氏が5日付の記事で書いていたが、球団は今、投手コーチに癖解析能力の高さを求めるケースが多いという。あるチームの投手コーチも「敵に対してどう投球するかの戦略を練るよりも、自分のチームの投手に癖がないかをビデオでチェックすることに時間を費やすことが増えている」と話していたそうだ。資金力豊富な球団は特に、本拠地球場のあらゆる場所にカメラを設置し、相手投手をさまざまな方向から撮影して分析し、癖を解析している。

これも野球の技術の1つなのは確かなのだが、明らかにどんな球が来るかを分かっているようなどんぴしゃのタイミングで本塁打を打っているような場面をたびたび目にすると、個人的にはつまらないと思ってしまう。好投していた投手が突然炎上すると「癖を盗まれているのでは」という話題が上がることがあるが、それも最近は増えた気がする。エンゼルス大谷翔平投手(28)が今月2日のアストロズ戦で今季最多の被安打9で5失点したときも、パドレスのダルビッシュ有投手(36)が5月28日のヤンキース戦で7安打7失点で3回途中で降板したときも「もしかして」と疑ってしまうのが正直なところだ。

このため最近は、癖を盗まれ難い投球モーションに変える投手も多い。ワインドアップをやめてセットポジションのみにし、構えたときにグラブで隠した利き手をできるだけ体に近づけて構える投手が増えてきた。このトレンドはさらに進むのかもしれない。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「水次祥子のMLBなう」)

ダルビッシュ有(ロイター=USA TODAY)
ダルビッシュ有(ロイター=USA TODAY)
22年9月23日のツインズ対エンゼルス 6回、マウンドでピッチコムが聞こえづらく帽子をとる大谷(撮影・菅敏)
22年9月23日のツインズ対エンゼルス 6回、マウンドでピッチコムが聞こえづらく帽子をとる大谷(撮影・菅敏)