エンゼルス大谷翔平投手(27)が18日(日本時間19日)、全米野球記者協会(BBWAA)の投票によるア・リーグMVPに満票で初選出された。満票MVPは現行の記者投票制となった1931年以降、19人目となり、日本人のMVPは01年イチロー以来、20年ぶり2人目の快挙となった。また、投打二刀流のMVPも史上初。

受賞ラッシュの中でも伝統と権威のある最高峰のタイトルを獲得し、終わりなき伝説の道を進む。

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大谷の気持ちは、最高の称号を得て一層、高ぶっているようだった。全米各地の記者から満場一致のMVP選出。「とること自体も初めてなので、それも特別ですし、なおかつ1位に皆さん入れてくれたというのが本当にすごく、うれしくて、また来年以降、さらに頑張ろうという気持ちにさせてくれた」と声を弾ませた。誰もがNO・1と認めた証しの満票。表彰ラッシュのハイライトとなる、究極の「SHO-TIME」となった。

野球最高峰の舞台で獲得した最高の栄誉。冷静に、穏やかな口調で喜びを表現する大谷の目は、未来へ向かっていた。メジャー挑戦時に宣言した世界一の選手には「なってはないですね。自分でそう思う日はおそらく来ないと思う」とサラリ。慢心はひとかけらもない。「目標としてはアバウトというか、ゴールがない分、常に頑張れるんじゃないかなと。確実にステップアップはしたと思ってますし、今回の賞はその1つだと思うので、今後のモチベーションの1つになりました」。到達点を設定しないことで、もっと上に行ける-。未来の自分へ胸が騒ぐかのような口ぶりだった。

日本で5年、二刀流の礎を築き、米国で4年かけてトップレベルの地位を確立した。「アメリカに来た時、受け入れてくれる雰囲気があったので、それは感謝しています」。自由の国に、前人未到の挑戦をサポートする土壌があった。だからこそ信念を貫き、突き進めた。「ここまで100%(二刀流を)歓迎されているという雰囲気はプロに入ってからもずっとなかった。常に批判的なことっていうのはありましたけど、反骨心みたいなのは正直なかったですし、本当に純粋に自分がどこまでうまくなれるのかなっていうのを頑張れたところが良かった」。

そして、底知れぬ向上心とともに二刀流の進化は続く。帰国後の自主隔離が明け、既にトレーニングを再開している。「選手としてここからピークを迎える、5~7年ぐらいはもっともっと勝負の年じゃないかなと思う」。果たしてどこまで伝説が生まれるのか。夢を抱かずにはいられない。【斎藤庸裕】

◆大谷翔平(おおたに・しょうへい)1994年(平6)7月5日生まれ、岩手・水沢市(現奥州市)出身。姉体小2年の時、水沢リトルで野球を始める。水沢南中では一関シニアでプレー。花巻東(岩手)では1年春から4番に座り、1年秋からエースに。甲子園には2年夏、3年春に出場。3年夏は岩手大会で160キロを計測。高校通算56本塁打。12年ドラフト1位で日本ハム入団。2年目の14年にプロ野球初の同一シーズン2桁勝利と2桁本塁打を達成。16年はパ・リーグMVP。17年オフにポスティングシステムでエンゼルス入り。18年にア・リーグ新人王。193センチ、95キロ。右投げ左打ち。今季年俸は300万ドル(約3億3000万円)。