中日岩瀬仁紀投手(42)が、歴代最多949試合登板を達成した。プロ19年目で米田哲也が持つ日本記録に並んだ。同点の9回2死一、二塁で抑えの田島を救援。通算403セーブを誇る百戦錬磨の鉄腕らしく、サヨナラ負けのピンチをしのぎ、延長10回の勝ち越しにつなげた。今季3勝目で大記録に花を添えた。

 節目のマウンドも、胃が痛くなる場面だった。抑えの田島が崩れ、急きょ出番が来た。失点すれば負けの状況で阿部に右前打され2死満塁。村田にもカウント3-1。「押し出しはしないようにと。節目に弱いのかなあと思ったけど、振り切って、もう1回気持ちを入れ直した」。137キロの直球で右飛に抑えた。

 「いろいろな人に支えられ、応援してもらった。もう1回しっかり球を投げられるように頑張ろうと思っていました」

 14年夏に左肘痛に見舞われた。初の大けが。15年は登板なし。復帰した昨年も不調続き。1度は引退を決めた。だが球団幹部を通じて白井オーナーから「やめるな」と伝えられた。

 開き直り、決心した。「死に神の鎌」と呼ばれる大きな変化で代名詞だったスライダーを封印した。「せっかく続けさせてもらったから新しいことをやってもいいかな、と」。小さく滑るカットボールを新たな相棒に選択。新スタイルで完全復活を果たした。

 先発は1度だけ。イニング数が米田、金田正一の5分の1以下。だが先発とは違い、ほぼ毎日が「出勤日」だ。試合展開でいつ登板があるか分からない。試合中盤、ベンチ裏のトレーナー室でマッサージを受ける。仮眠する選手も多いが、自ら心配性と言う岩瀬は寝たことがない。