ソフトバンク内川聖一内野手(35)が、プロ野球史上51人目の通算2000安打を達成した。

 内川にほれ、プロ野球の世界に導いたのは、当時横浜(現DeNA)のスカウトだった岩井隆之(64)だった。大分県宇佐市出身の同スカウトが「大分にすごい打者がいる」という情報で、法大時代の後輩にあたり、大分工の監督でもある父一寛を訪ねたのは、内川が高2の秋だった。

 岩井 初めて打撃練習を見たときのことは忘れない。打撃投手、マシンのカーブ、マシンの速球、打撃投手の4カ所。5本ずつ打ってそれを3セットくらいだから計60スイングでほとんど打ち損じがない。打球は右中間と左中間の間にしか飛ばない。構えたトップから一直線でインパクトにいく。グリップの遊びがない。だからどんな球でも芯に当てられる。こんな高校生見たことがないと思った。

 ネックは左かかとに発症した、骨が空洞化する「骨のう腫」の3度にわたる手術の影響。

 岩井 完治しているかどうか。どうしても球団を説得する必要があるため、球団の主治医に徹底的に調べてもらった。

 悪性でないことが判明し1位指名。内川はプロ入り後、岩井スカウトにある悩みを打ち明けていた。

 岩井 スローイングで悩んだ時期があったけど「お前には打撃がある。それだけで十分だ」と言いました。それから首位打者になりました。これからはプロ野球打者の手本となってほしい。打撃の神様みたいな存在にね。(敬称略)【浦田由紀夫】