日本ハムは2018年で北海道移転15年。過去の名場面、珍場面を、当時の紙面とともに振り返ります。

<08年2月16日付>

エンゼルス大谷の活躍で、いまや米球界でも話題の「二刀流」選手。だが大谷が入団する5年前、まだ栗山監督も就任する前に、「二刀流」の扉を少しだけノックした選手がいた。中田だ。

プロ1年目の春季キャンプ。梨田監督の提案で、ブルペン入りした。大阪桐蔭時代は投手兼4番として甲子園で活躍しただけに、18歳だった中田も“まんざらではなかった”。直球は最速142キロをマーク。さらにカーブ、スライダー、パームと変化球を次々に投げ込んだ。全53球。関係者を打席に立たせる本気モードで「気持ちよかったです。まっすぐとカーブは高校のときより(キレが)落ちていたけど、スライダーはよかった」と楽しそうだった。

現役時代、名捕手だった指揮官は「スライダーはプロでも通用する。ボールの回転も悪くなかった」と言い、吉井投手コーチも「球が速く資質がある。投手として入団していても1軍キャンプに入ったのではないか」とたたえた。

首脳陣の真意は…。注目ルーキーのストレス解消、気分転換だった。ただでさえ心身ともに大変なプロ最初のキャンプ、話題性のある中田はファンや報道陣からも視線を一身に集めており、負担軽減が目的だった。同監督はこの日、「二刀流は難しいんだろうな。そんな簡単なものじゃない。何かのときのために練習しておけばいい。いきなり(の投手起用)だと他球団にも失礼になる」とも言った。今季プロ12年目、30歳の中田に、まだ“何かのとき”は訪れていない。