日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

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米国の名門エール大学のウィリアム・ケリー名誉教授とは25年もの付き合いです。専門は文化人類学。社会のフィルターを通して「文化」を考察する学問です。ルイーザ夫人も大学美術館の館長を務めました。またエール大学内の図書館では長年にわたって日刊スポーツ(関西版)を年間購読していただいた縁もあります。

ケリーさんが何年間も取材しながら書き下ろした自著『THE SPORTS WORLD OF THE HANSHIN TIGERS』を持参して来日した。強烈な米大レッドソックスファン。日本人よりはるかに日本文化に詳しい彼との再会は、北斎展にお誘いを受けてボストン美術館で合流して以来のことでした。

6月中には日本語版がダイヤモンド社から刊行されることにもなりました。タイトルは『虎とバット-阪神タイガースの社会人類学』です。1970年代にベストセラー作家ロバート・ホワイティング氏が、“ガイジン”からみたプロ野球の視点で出版したのは『菊とバット』です。それを意識したかのような題にケリーさんは「ホワイティングとはよく意見をぶつけ合いましたよ」と否定はしなかったのです。

ケリーさんは71年(昭46)から毎年のように日本を訪れます。プロ野球にも興味を持ち始めたものの、それが「東の巨人」でなく「西の阪神」だった。最初に驚いたのは関西を中心に発行するスポーツ紙の存在。勝っても、負けても阪神が1面に掲載されることが奇異に映った。かつて関西には阪神、阪急、南海、近鉄の4球団があった。なぜ阪神だけが突出して話題になるのかが不可解で、何年も取材のため来日したのです。

球団史から、吉田、星野、岡田ら各監督で優勝した85、03、05年、暗黒時代といわれながらも人気を保った魅力の背景を社会に照らし合わせてリポートしています。親会社と球団の関係、甲子園球場の存在感、フロント、メディア、お家騒動、ファン心理など…、特異な阪神の存在を民俗学的に取り上げた興味深い1冊に仕上がっています。

ケリーさんは甲子園で1試合だけ観戦した。その夜、下町でお好み焼きをつつきながら「なぜ阪神は愛されるのか? は未開のままです」と笑うのでした。