加治屋よ目指せ、虎投4人目のカムバック賞! 阪神のデータを深く深く掘り下げる、スカイAの人気番組「虎ヲタ」に出演中の高野勲記者は、今季阪神に加わった加治屋蓮投手(29)に期待を寄せています。開幕のヤクルト戦で勝利投手となるなど、さっそくの活躍です。阪神からカムバック賞に選ばれた3人の投手は、いずれも他球団からの移籍選手。18年にソフトバンクでパ最多72試合に登板した実績を持つ右腕に、復活の気配が漂います。

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ソフトバンク戦力外の屈辱を乗り越え、加治屋は開幕カード3連勝の立役者となった。この勢いに乗って、ぜひカムバック賞を目指してほしい。不振や故障から立ち直った選手をたたえるこのタイトルを獲得した、阪神の選手は過去5人。うち投手は3人で、いずれも移籍選手である。

球団で初めて受賞したのが、75年の安仁屋宗八だ。広島のエース格として活躍しながら、若生智男との交換トレードで阪神入り。前年74年の4勝から、一念発起し12勝。防御率1・91でタイトルを獲得し、鮮やかに復活を遂げた。サイドからの変則投法で68年に23勝した右腕は、さび付いてはいなかった。

2人目の遠山奨志は、85年ドラフト1位で清原和博(西武ほか)の外れ1位として阪神入りしたエリートだ。1年目8勝したが、91年ロッテへ移籍。野手に転向も結果が出ず、97年戦力外に。阪神復帰し投手に戻った。99年就任した野村克也監督の指示でサイドスローに転向し、見事によみがえった。同年の巨人戦では松井秀喜を13打数ノーヒットに抑え、「顔も見たくない」と言わせてみせた。

01年に阪神入りした成本年秀は、抑え投手として息を吹き返した。ロッテで96年セーブ王。00年戦力外となったが、阪神との契約を勝ち取った。01年オープン戦で好成績を残し抑えに定着する。オールスターにも選ばれ、20セーブは阪神最多だった。

カムバック賞受賞者以外にも、成功例はある。今や絶対的なクローザーとなったスアレスも、元戦力外だ。右肘手術から低迷し、19年ソフトバンクを退団した。20年阪神入りの際には、ガンケルやエドワーズらに次ぐ存在とみられていた。160キロの剛速球を決め、25セーブでタイトルを獲得。今季も開幕戦でセーブを挙げ、ソフトバンク時代も同僚だった加治屋とともに勝利の輪に加わった。

他球団を自由契約となった投手を再生させ、巧みに使いこなす土壌が阪神にはある。幸先よく飛び出した加治屋にも、ぜひ後に続いてほしい。【記録担当=高野勲】

◆開幕ヤクルト3連戦での加治屋 26日の初戦は石井大が同点打を浴びた7回2死三塁でマウンドへ。西浦を遊ゴロに打ち取り難を逃れた。8回先頭の中村に右前打されたが、代打古賀にバントをさせず三振に。2/3回を無失点。他球団を自由契約となり加入した投手の開幕戦勝利は、球団初だった。28日の第3戦は好投のガンケルの後を受け7回に登板し、3人でピシャリ。移籍後初ホールドを挙げた。

<戦力外を経て阪神で活躍したその他の主な投手>

◇石毛博史(03~05年)かつては巨人の抑えの切り札で、2度のセ最多セーブを誇った。近鉄を経て03年に阪神入り。夏場に1軍へ上がり、疲れの見えた救援陣を助けてVの立役者となった。

◇伊藤敦規(97~02年)オリックスでは西武キラーとして鳴らしたが、移籍先の横浜(現DeNA)では不振に。阪神の入団テストに合格すると、97年から5年連続50試合以上というフル回転でブルペンの主役を務めた。

◇加藤康介(11~15年)ロッテ-オリックス-横浜と渡り歩いた不屈の左腕だ。12年防御率0・83、13年1・93という絶対的なセットアッパーに。13年の61試合登板はチーム最多だった。

◆カムバック賞 NPBのタイトルのひとつで、74年に制定された。ケガや病気、不振などで第一線を離れ、復活を遂げた選手に授与される。セ、パ各連盟の理事会の認定により決まる。18年の松坂大輔(中日)を最後に最近2シーズンは両リーグとも該当者がいない。

◆虎ヲタ~知ればアナタも人気者~ 阪神タイガースをデータから読み解く、新感覚の野球情報番組。ファン目線のトリビアなものや、日刊スポーツの記者が持ち込みで紹介するここだけの硬派なネタで、阪神を徹底分析する。増田英彦(ますだおかだ)関本賢太郎(阪神OB)高野勲(日刊スポーツ記者)がレギュラー出演。4月号のテーマは「背番号」。選手の背中を飾る、数字の魅力について語り尽くす。放送予定はスカイAのホームページで。

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