「足はそんなに速くなかったですからね」。
通算320盗塁をマークした片岡治大が口にしたのは、意外な事実だった。
社会人野球の東京ガス時代は、強打が売りの内野手で西武入団前は「プロの世界で盗塁で生きるなんて、全然思ってもなかった」。
足を含めた小技で勝負すると決めたのは、入団直後。当時は高木浩之、「ジャッキー」が愛称の石井義人、「チャラ男」と呼ばれた平尾博嗣らが内野のスタメン候補で、同世代には中島宏之、「おかわり」中村剛也とひしめき合った。
「他の人とは違った分野で対抗しないと残れないなと思った。バントとか右打ちとか、そういうのをやらないといけないなと。あとは勝負するには走ることだなと思った」
1年目は81試合に出場し、打率2割6分3厘、4本塁打、16打点、6盗塁を記録。二塁、遊撃で計50試合にスタメン出場したが、レギュラー獲得には至らなかった。
転機は2年目のオープン戦、伊東勤監督から言われたひと言だった。代走で起用される直前、思わぬ指示を受けた。
「アウトになってもいいから、どんどん走りなさい」
一塁ベースに立った片岡は言われるままに二盗を仕掛けた。スタートは悪く、アウトを覚悟したが、判定はまさかのセーフだった。
「えっ、こんなスタートでもセーフになれるんだと。意外と簡単かもって思ったんです。もし、アウトになってたら怖くなって、それ以降はできなかったかもしれないです」
水田圭介と開幕1軍入りを争い、足が武器の片岡が残った。開幕カードのソフトバンク戦に代打で出場し、左前打でアピール。2カード目のロッテ戦に「9番二塁」で先発起用され、3安打3盗塁と持ち味を発揮し、スタメンを奪った。
「全てはあのオープン戦からですね。あの成功で盗塁に目覚めた。僕にとって、あの1つの成功が本当に大きかったです」
スポーツの世界に「たら、れば」は禁物だが、どのスター選手にもターニングポイントはある。片岡にとっては、オープン戦で決めた二盗だった。【久保賢吾】
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4年連続盗塁王を獲得するなど足を武器に、トッププレーヤーに上りつめた。なぜ320盗塁を決められたのか。誰にでもマネできる練習法が隠されていた。