「盗塁で一番大事なことは何か?」。

シンプルな問いに、片岡治大は「スタートを切る勇気。それしかないです」と即答した。重ねるように「そのための準備がすごく大事なこと」と補足した。

最も力を入れたのが、反応の練習だった。日本シリーズ第7戦で成功させたように、足のスペシャリストは「どんな場面でも走る」のが大前提。極限の状態で決める心身を磨くために、頭の中は「盗塁」で占められた。

西武の若手時代は見知らぬ通行人が〝練習相手〟だった。オフの日や練習後に街中のスクランブル交差点を訪れると、自分の敵に設定した。

「この人がこっちに来たら、あっちに動こうとか、今度はあの人が来たら、こう避けようとか、いろいろ想像しながら歩いた」

テレビを見る時も、リモコンを〝トレーニング器具〟に変えた。画面が切り替わった瞬間に手を動かしたり、ボタンを押した。日常生活の中でも「盗塁技術」を磨いた。

メンタル面では「攻めの姿勢」を大事にした。自身初の盗塁王を獲得した07年。3差をつけ、迎えたシーズン最終戦のソフトバンク戦。当時のチームメートだった和田一浩から「このまま、走らないでタイトル取るつもりか」と言われ、気持ちで1つ決めた。

「やっぱり攻めなきゃダメだなと。最後は腹をくくって。何回か連続でアウトになると『盗塁イップス』になる時もあるんですけど、そういう時こそ、がむしゃらに攻めるのが大事になってくる」

かつて、通算477盗塁を記録した高橋慶彦氏から「自分の中でブレーキは持っておく。いくだけじゃダメで、戻れないことにはいいスタートは切れない」と言われ、胸に刻んだ。

「お話を聞いて、自分の中ですごくふに落ちた。戻れる自信があれば、いいスタートが切れる。常に戻る意識を持っておくことは重要」

「勇気・反応・攻めの姿勢」が、〝獅子のスピードスター〟の「盗塁の極意」だった。(おわり)【久保賢吾】

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