日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

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今年のプロ野球は、開幕から3年ぶりに入場者制限を解除して開催されてきた。昨オフの12球団オーナー会議で「入場者100%」を確認。最後まで油断はできないが、このままペナントレースを“完走”しそうな気配だ。

ただ、新型コロナウイルス感染拡大が完全収束に至ったわけではない。スタンドの応援形式、メディア対応などは“日常”を取り戻したとは言い難い。ファン心理が観客動員に影響を与えているのも事実だろう。

その状況下でも、高い集客力を示しているのが、阪神本拠地の甲子園球場だ。主催53試合(京セラドーム大阪を除く)を消化し、5日現在の1試合平均3万7357人は12球団最多で、あらためて人気の高さを証明している。

今は亡き元阪神オーナーの久万俊二郎は、球団の存在意義について「優勝、勝つことの値打ちは異常だと思った」とグループ内に及ぼした相乗効果を振り返ったことがある。

「うちは、電車のお客さんにご乗車いただくために野球をやっているんです。時間のかかる野球から、もうけることはほとんど考えていなかった。でもこれだけになると、甲子園というのは一種の社会的存在になるんですね。今風にいえばブランドですか」

1984年(昭59)から2004年(平16)まで、在位20年の名物オーナーで知られた。2度のリーグ優勝と球団唯一の日本一を経験。記者を近づけたのは、忖度(そんたく)されがちな配下からの耳に優しい情報を、自ら再確認する意味合いもあったのだろう。

私と、最高責任者とのやりとりは数日間にわたった。「わたしは野球はわからない」と言いながら、当時から「球団」と「球場」の一体化の必要性に気づいていた。「だから甲子園を所有しているうちは非常に有利です」と強気だった。

旅客誘致、住宅地開発を意図した戦略に基づいた甲子園の立地について「沿線の真ん中に建てたのは理想的でした」と自慢げ。「本当にうちに能力があって、コストが低いなら、テレビ会社をやったらいいんですよ」と、先を見通した取材は興味深いものだった。

“球界のドン”と称される巨人渡辺恒雄と丁々発止を演じた。球界参入を表明したライブドア堀江貴文に「そんな甘い世界じゃない」と言い放ち、アマチュア選手への金銭授受が発覚するとケジメをつけて辞任した。

その後、阪急と経営統合するなど環境は激変したが、甲子園がシンボル的存在に変わりはないだろう。11年9月9日に他界して11年。経営トップとして「でも甲子園球場だけではあかんと思っています」と、常に将来を見据えていた姿が印象的だった。(敬称略)