巨人の監督を2期15年務めた巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さんが3日午前6時39分、肺炎のため、都内の病院で亡くなった。89歳だった。巨人元監督の高橋由伸氏(50)が、都内で報道陣の取材に応じた。
主な一問一答は以下の通り。
-死去の一報を聞いて
朝、関係者の方から連絡いただいて、本当にびっくりしたというか、今でもね、なんかまだ信じられない感じはいますけども。
-長嶋さんと最後にお会いしたのは
昨年のファン感の時ですかね。それが最後に直接お会いして、お話をしたのかなと思いますね。
-その時はどんなお話を
その時はですね、90周年のイベントでしたかね、それがあって。その時にね、イベントの都合上、登場の都合上、監督経験者だけ別部屋で集まるっていう機会がありましたので。その中で、長嶋監督と王さん、堀内さん、原さん、張本さんもいらっしゃるかな、あと慎之助か。そのメンバーで集まって、監督たちのね、現役時代の話から、今のお話など。そういったことで、10分、20分ぐらいですかね、みんなで話させてもらいました。
-長嶋さんとの思い出は
本当にね、僕が入団した時はね、長嶋監督の元にね、入団させていただいて。もう本当にプロ野球選手としてというか、そういったものはね、プロ野球とはとかということも、長嶋監督から学んだと思ってますし。アテネオリンピックに行くときにはですね、我々代表に向けて、日本野球界とね、連動したいという言葉をね、いただいて。その気持ちというのは、今でも受け継いでると思ってますし、受け継いでいかなくちゃいけないと思ってますし。監督になった時にも、もう本当に厳しいこともありましたけども、本当にいろんな面で支えていただきながら、本当に力にね、なっていただいたと思ってますし。辞めてからもね、球場でもそうですけども、別でお会いすることもあって、本当に昔の話もたくさんさせていただいて。本当に野球界で、今でもね、携わって色々とできてるのは、長嶋監督のおかげだと思ってますし。これからもずっとそういう思いは変わらないかなと思います。
-長嶋さんはどんな存在か
そうですね、もう偉大すぎてね、どういう存在っていうのは難しいんですけども。でも本当にこのプロ野球選手としてね、僕をね、こういう風に育ててくれて。こういう風に野球界の中でも今こうやって携わせてもらってるように導いてくれて、本当に、なんて言うんですかね、そういった全てにおいてね、僕を育ててくれた、教えてくれた方だと思ってます。
-一番学んだことは
もちろん勝負のね、厳しさというのはね、このプレーの世界もちろんなんですけども。そこをね、ファンの方たちに見られてる、見せるといったようなね。ファンあってのプロ野球というものをね、監督から教えていただいたとは思ってますし。厳しさと、見せる。そういったものをね、たくさん学ばせて頂いたと思ってます。
-長嶋さんが国民的人気を博した理由はどう考えているか
言葉だけではね、なんて言っていいかわからないですね。でも、なんなんでしょうね。言葉ではなんともね、表現できないですね。



