巨人橋上秀樹監督代行(60)が初陣を終えて試合後の囲み取材に対応した。
橋上監督代行は「ちょっといろいろ心配はありましたけど、ゲームに入る間際、選手の表情とかベンチの声を見る感じでは、もう試合に向かって集中してるというのは受け取れた。非常にほっとしたところではありました」と振り返った。
先発の則本昂大投手(35)が、4回7失点と乱調。0-0の3回1死、ソフトバンク正木に先制ソロを浴びた。さらに2つの四球で1死一、二塁のピンチを背負うと、4番栗原に3ラン、5番山本恵にソロを許し5失点。4回は近藤に2点適時二塁打を打たれ、突き放された。昨年まで13年間プレーし、慣れ親しんだパ・リーグ相手だったが、移籍後初勝利はつかめなかった。
打線もソフトバンクより2安打多い11安打を放ちながらも3得点止まり。今後へ向け「ファンの方がまだまだ熱く応援していただいてるので、少しでも失望させることのないように。最後まで勝ち負けはどうしても時の運なので。なかなか思うようにいかない時があると思うんですけど、一生懸命やってる姿だけは忘れずに、みんなで団結してやっていきたいなという風に思います」と先を見据えた。
シーズン途中での監督退団は球団史上初めてで、巨人でのプレー経験のない監督は球団史上初となる。
橋上監督代行は辞任した阿部監督と同郷の千葉出身で安田学園の先輩後輩。83年にドラフト3位でヤクルトに入団すると、野村克也さんのID野球を仕込まれた。日本ハム、阪神でプレーした後に現役引退。巨人でのプレー経験はなかった。
引退後は楽天、BC新潟でコーチ、監督を歴任し、12年から14年まで戦略コーチ、打撃コーチとして在籍。原辰徳氏の下、リーグ3連覇と日本一に貢献した。その後も楽天、西武、ヤクルトでコーチを歴任し、20年からはBC新潟の監督に復帰した。
昨季からは11年ぶりに巨人に復帰。関係の深い阿部氏の名参謀役として作戦面でサポート。今季からは攻撃面を統括するオフェンスチーフコーチに就任していた。
◆橋上秀樹(はしがみ・ひでき)1965年(昭40)11月4日生まれ、千葉県船橋市出身。安田学園高からドラフト3位でヤクルト入団。捕手としてプロ入り後に外野手へ転向し、守備固めや代打として活躍した。日本ハム、阪神を経て、2000年に現役引退。引退後は5球団でコーチを歴任し、07年には野村克也氏の下でヘッドコーチを務め「ID野球」を熟知する戦略家として知られた。12~14年は巨人の1軍コーチとしてリーグ3連覇に貢献。安田学園の後輩阿部監督と信頼関係を築くと、20年には共著「阿部慎之助の野球道」を出版。25年、11年ぶりに巨人へ復帰し、今季からオフェンスチーフコーチとして、チームの参謀役を担っていた。



