Vパレードで被災地に戻ってくる!
阪神真弓明信監督(55)は阪神大震災から14年目を迎えた17日、神戸市長田区の西神戸センター街で行われた復興イベント「第5回神戸フリーライブ」に参加した。ノーギャラでのイベント協力で被災地に今なお残る傷跡を実感。プロ野球監督として被災者を勇気づけ、優勝パレードを開催することを誓った。
壇上で目を閉じ、静かに頭を下げた。午後5時46分。12時間後ながら、神戸の街が巨大地震に見舞われた時刻に黙とうをささげた。地元阪神の監督に就任して初めて迎えた震災の日。真弓監督の誓いは、復興を加速させ被災者の力となる阪神の優勝以外に思い浮かばなかった。
「ちょうど現役の最後の年。オリックスが「頑張ろう神戸」をつけてリーグ優勝してね。うらやましかった。阪神はまだ強くなかったからね。監督になったら、少しでも被災者を勇気づけ、元気づけるような試合を多くすること。優勝をみんなで一緒に味わって、パレードをここ(被災地)でできれば言うことないよね」。
復興イベントへの参加を即断。ノーギャラで駆けつけた。倒壊と火災であたり一面が焼け野原になった神戸市の長田商店街。14年後の今は新しいビルや家屋が立ち並び、見た目にはダメージは薄らいでいる。
「かなり復興は進んで震災の跡はみられない。でもまだ心のケアは必要。みなさん(被災者)にもっともっと元気を出してもらわないといけない」。
真弓監督は神戸市西区の自宅で震災に遭った。家具が倒れ、あらゆる食器が割れた。跳び起きようにも驚きで体は動かず、ぼんやりと「もうプロ野球はできないのかな」と考えたという。家屋の被害は少なかったが、交通手段やライフラインは寸断。ミニバイクを購入し、見覚えのないほどに変わり果てた街並みを縫ってどうにか甲子園球場にたどり着いた。
2月のキャンプ中も不思議と午前6時前になると目が覚めた。帰阪後は家族と離ればなれで、球場に近い独身寮での生活を余儀なくされた。現役を引退することになるシーズン。チームの成績では果たせなかった神戸の復興支援への思いを、監督となって実現する時を迎えた。Vパレード。14年間分の思いも込めて、真弓監督はタイガースの指揮を執る。【町田達彦】
[2009年1月18日12時19分
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