今年がワールドカップ(W杯)イヤーだということをどれだけの人が知っているだろうか。以前までのようなサッカーの熱気にあふれた空気を感じることがなくなった。僕は現在東京都渋谷区に住んでいる。毎日渋谷駅を利用し、渋谷を行き来する多くの人たちを目にする。電車の中では、休みに入った学生たちがたわいもない話をしながら楽しそうにこの春を迎えているように見える。

そんな中、ふと思った。誰もサッカーの話をしてないな…と。W杯出場が決まった日の渋谷もW杯イヤーとは思えない空気感でいっぱいだった。

先日、日本代表のサポーターと言えばこの人という方と久しぶりにお会いした。彼ですらコロナ禍などで試合に行くことがなくなり、その結果その周りにいる人まで足が遠のいているというのだ。

このままではサッカー界が衰退してしまう。そこで僕なりにこの理由を考えてみた。そこには「人をひきつける力」が不足しているということがある。それは一体どういうことなのか。

人が人に興味を持つ時に必要なのは「わかりやすさ」だ。特に情報があふれた社会ではマストだと思う。例えば、僕は野球も好きだが現在どの球団が首位かは知らない。しかし、セ・リーグの最下位なら知っている。なぜかというとニュースになり、そのニュースに興味を持つ人が多いからだ。

今、メジャーリーグでは鈴木誠也選手が活躍している。しかし、ニュースになるのはやはり大谷翔平選手だったりする。そこには結果だけではない、「人をひきつける力」が存在するからだと考えられる。

そこで大事になるのが「わかりやすさ」だ。大谷翔平選手には二刀流という代名詞がある。例えば羽生結弦選手には「4回転半」などのわかりやすい代名詞と呼べるものがある。これをキャッチフレーズという視点で考えるともっとわかりやすくなる。

格闘技界ではミスターストイック、反逆のカリスマ、神の子といえば、小比類巻さんや魔裟斗さん、山本KIDさんだとわかると思う。神童といえば那須川天心選手で、モンスターといえば井上尚弥選手。格闘技界はとても上手にキャッチフレーズを使い、一般にも伝わるように工夫されている。

これは野球界も上手で、先に述べた二刀流やトリプルスリー、振り子打法やレーザービームというように、うまくキャッチフレーズをつけて、ニュースになりやすくしている。

では、サッカー界はどうだろうか?代名詞やキャッチフレーズがあるのは、もはや「キング」しかいないのではないか。だからいまだにカズさんがニュースになり、Jリーガーといえば「カズ」という人が多いのだと考えられる。

JリーグやJクラブはあぐらをかきすぎた。黙っていてもメディアが取り上げてくれる時代は終わり、何で人をひきつけ、それをどう生かすかを考えなくてはいけない。キャッチフレーズを出してこの選手!と言えるJリーガーはほぼ皆無である。

そういう意味では「年俸120円Jリーガー」や「クラウドファンディングJリーガー」はキャッチーでわかりやすく、興味を持ってもらえる代名詞であったかもしれない。こんな時代だからこそ、Jリーガーは私利私欲だけにならず、日本サッカー界の未来のためにもっと真剣に考えなければいけない。

JリーガーになれたのはJリーグが存在するからだ。その一員であるならば、再度自己分析をして、自分の特徴を生かす取り組みをするべきだ。Jクラブも同様に、PRのプロをしっかりと雇うなどして、人々の頭と心に残るイメージを徹底的に植え付けることが必要だ。浪費や消費クラブにならず、投資クラブにならなければいけない。

サッカー界が衰退してしまう。今、立ち上がらなければ、子どもたちの夢どころか、サッカーを楽しむ人まで減っていく可能性がある。目先の勝ち負けも大事だと思うが、どれだけ勝っても世の中の人は昨シーズンの優勝チームもMVPもわからない。それよりも日本ハム新庄監督就任の方がニュースになり、今では阪神が最下位の方に興味がある。

僕はJリーグがあったからこそ40歳から夢をかなえられた。でもそれは「ある」だけでは意味がない。世の中の人が興味を持ち、必要だと思われなければJリーグの価値は一気になくなり、目指す人もいなくなる。

Jリーグ関係者、選手、監督、全ての人がもっと未来への当事者意識を持つ必要がある。技術のうまさや試合に勝つことだけが正義の体質を変えなければ、このまま悪循環に陥り、日本代表にすら興味を持たれない時代がやってくる。そうなって一番困るのは、元Jリーガーをこれから名乗ることに価値がなくなる現役選手たちだ。JリーグやJクラブが本当に夢を持っているなら、未来を見据えたブランディングを賞味期限のある選手を使って本気で取り組まないといけない。

どんなに優れた商品でも、PRなしに人目に触れることはない。格闘家のキャッチフレーズも、大谷翔平選手の二刀流も本人が言い始めたことではない。そこを考える人材をちゃんとクラブが抱えることで、本当の意味で選手を世の中に知ってもらうことができる。その結果、観客動員数が増えることにつながり、グッズ販売にも効果が出る。まずはそこから始め、少しでも多くの人が「あの選手を見てみたい」と思うようにすることがJリーグの衰退を救う一手になると思う。

偉そうなことを言っているが、冷静に読んでもらえれば的を射ていると思っている。感情優位ではなく事実優位で思考ができる業界にするべきだと僕は思う。

最後に、僕はもう1度Jリーグがアジアをリードするリーグになってもらいたいと思っている。アジアでナンバーワンのリーグとなり、その上でその独自性を武器に世界と肩を並べるリーグにするべきだと思う。

世界はどんどんアップデートしている。衰退の危機にあるからこそ、ここからはい上がる底力を見せてほしいと思う。サムライ魂は、崖っぷちでこそ発揮される。

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月にアマチュア格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビューし、同大会4連勝中。22年2月16日にRISEでプロデビューし、初勝利を挙げた。175センチ、74キロ。

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)