元年俸120円Jリーガーで格闘家の安彦考真(46)が20年夏から届ける日刊スポーツウェブコラム「元年俸120円Jリーガー 安彦考真のリアルアンサー」では、これから不定期で各界の代表者や挑戦者らと対談する新企画「時代を担う若者たちに伝えたい!挑戦し続けるためのマイルール」を始めます。記念の第1回に登場するのは、安彦も出場経験のある格闘技団体「RISE」の伊藤隆代表(53)。組織の代表と選手という間柄でもある2人がどんな“マイルール”を大事にして生きてきたのか。注目の対談が実現しました。【構成=松尾幸之介】


安彦 この企画は各界の代表者や挑戦者が今、どういう風に思っていて、そんな思いや言葉が若者へのエールにつながっていけたらということで始めるものです。伊藤代表、本日はよろしくお願いいたします。今回は9つのテーマで話を進めていきたいと思います。早速、1つ目のテーマに参りましょう。

<1>重要な選択を迫られた時のマイルール

安彦 僕は人生で重要な選択をしたことはいくつかしかないですね。ひとつはJリーガーになること、もうひとつは格闘家になるという決断をした時。ものすごくシンプルです。ルールとしてはワクワクするかどうかです。Jリーガーを目指す時は、ワクワクが止められなくて、衝動に駆られたような感じでした。そういうのが僕にとっての行動の根源でもあるなと思います。

伊藤 自分はシンプルに物事を考えるべきだと思っています。雑念などを忘れて何でこれをやりたいのか。無駄なものを削って考えていけば良いと思います。どんどん捨てていけば答えは1つになりますよ。これはRISE立ち上げの時とかも同じでした。

<2>失敗を恐れないマイルール

安彦 僕は失敗は成功の途中だと思っています。今の格闘技生活も僕にとっては何が成功、失敗かはっきりしていない。勝つことが成功かと言われるとそうではないような気もしていて。充実はしていて、今は成功の途中経過であると。それがないと新しいもの学べないなと思います。

伊藤 とりあえず全力で挑む。あとはお気楽な言葉で言うと、なるようになる。もうひとつは、挑戦して失敗した方がいい。それはやらないことよりもまだ良くて、細かく考えない。やることをやっていたらなるようになるので、それだけですね。これだけやったんだからなるようになるだろうと。それでだめでも糧になるので。

安彦 聞いていると、伊藤代表は竹を割ったような性格というか、はっきりしていますよね。

伊藤 1歩前に出る。歩きながら考えると良いと思います。石橋もずっとたたいていたらたたき割れちゃうので。まずはいってみた方がいいと思います。

<3>勝負時に臨む準備段階でのマイルール

安彦 格闘技の試合では決めていることがあって、最悪を想定して最善を尽くす。リングに沈んでKO負けしているところから巻き戻して、これでやられたなとか、そういうことを想像で考えてトレーニングで落とし込んでいく。そこから相手の弱いところをついて勝ったところとかも想像して、どうやっていくかを考える。これは自分の中の準備の鉄則ですね。

伊藤 僕は試合でもそうでしたけど勝負するときは負けることは考えないですね。試合で言えば攻めとディフェンスを一緒にする。会社でもそうだけど、攻めだけでなく攻められた時のプロテクションもしっかりする。結局ドアのむこうに夢があるなら、たたき続けろと。100回失敗しても101回目は勝てばいいと。そういう気持ちですよ。例えば安彦さんもここから20回負けるとするでしょ。でも1つ大事な試合で勝てば全部ひっくり返りますから。僕は運も実力だと思っているので、モノが備わっている人間に運はくる。それをつかむための努力をする、準備を万全にするということですね。

安彦 伊藤代表はネガティブな気持ちが浮かぶことはあるんですか

伊藤 ありますよそれは。それはあるけど、これは慣れなので。不安な気持ちとかもそれはまたパワーになりますので。

<4>心がくじけそうになった時のマイルール

安彦 サッカーは0-3だったりそこからさらに点差が開いたりする大量失点の試合では負けた側に試合中の精神的な分岐点があると言われています。そうならないためには諦めずに立ち向かうこと。自分は試合中は「諦めるな、立ち向かえ、まだ打つ手はある」とリズムのようにとなえて、自分を追い込んでいる客観的な自分を置くようにしていて。これ以上走れないと感じても、客観視した自分を思い浮かべて、これでいいのかと投げかけていますね。

伊藤 自分は冷静になること。安彦さんが言われたように自分を客観的に見ることも大事ですね。乱れる時は主観的になっているので、どんどんどつぼにはまっていくんです。あとは、先ほども言いましたが、なるようになる。明日のことなんてわからないので。精いっぱいやれば明日はまたきますから。

安彦 伊藤代表のそうした考え方は経験からくるものなんですか。

伊藤 そうですね。大変な時もあって今があるので。そういうものが土台になって、引き出しもできてくるので。失敗も引き出しのひとつになるんですよ。

<5>成長・変化し続けるためのマイルール

安彦 僕は現状維持は右肩下がりという言葉を大事にしていて、今の自分を語れることを3つつくることを大事にしています。アップデートは成長のために重要です。

伊藤 謙虚であることと、柔軟性ないとだめですね。そして欲と戦えるか。そのバランスをうまく整えることです。やっぱり欲がない人間は戦わないので。私も今でもイベントでこうしていきたいという欲はどんどん上がってきていますよ。そして過剰な自信と怠慢は人を停滞させるので気を付けないといけないですね。

安彦 伊藤代表は選手時代にチャンピオンになった時は自信過剰にならなかったですか

伊藤 26、27歳の時ですけど、若かったので、なっていたでしょうね。でも今のチャンピオンに僕が言っても通用しないんですよ。うるせえおっさんが言ってるなっていうくらいで。でも、あの時の僕がそれを聞き入れていたら全然違う人生だったと思います。もっと短いスパンでいけたな、みたいな。親の言うことをきかない若者にも同じことが言えますよね。こうやって人生は回っているんだなと思いますね。

安彦 海外の方と交渉などする時はどんな感じなんですか

伊藤 外国人は押せ押せできますから、こっちも押せ押せでいきますよ。そこはビジネスなので。のみ込まれちゃいますから。むこうに合わせてイエス、ノーをはっきりして、対等に話し合いできるように心がけています。

<6>自分を見失わないマイルール

安彦 僕は毎日ノートをつけていて、もう何十冊にもなります。こうしたいという思いとかを書く自己分析ノートで、最大目標を忘れないようにしています。

伊藤 情報や人に左右されないことですね。今はすごく便利で不便な世の中だなと感じています。SNSなどでも情報が入っていろんなこともできるし、人の意見も見られるけど、それに左右されないようにすること。僕らの選手時代は携帯電話もないし、YouTubeもなかった。ボクシングのビデオテープを買ってみんなで回して見ていた時代です。今のほうが格闘技のレベルは上がったと思いますが、いろんな情報が入りすぎて選手が頭でっかちになってしまっているように感じます。知らなくていいことも知ってしまっている。いいものもしっている。本来のアスリート像から少し外れてしまっているかもしれないですね。

安彦 伊藤代表もイベントなどを行う時に情報に左右されることはあるんですか

伊藤 僕らはイベントをするときはシンプルで、良い選手がいるかどうか。そうなるように交渉するだけなので。若いときは苦しみましたね。変な情報も入ってくるし、それは間違ったことかもしれないですし。ブロックできるようになったのは長年の経験からかもしれないです。

安彦 変な話ですけど、

性欲についても聞いていいですか。試合の2週間前はするなという情報を見て、自分はそれを守ったりしているんですけど、伊藤代表はそういうのありましたか?

伊藤 いいんじゃないですか、やりたければやればいい。1週間前とかでもやる子はやるでしょ。減量がきつくなければね。あんまり守っても、だったらすっきりした方がいいんじゃないとも思うし。

安彦 サッカーのアルゼンチン代表は試合の2、3日前に宿舎に奥さんを呼んだという話もありましたね。

伊藤 そっちでスッキリして強くなるのであればやるやつもいるし、人ぞれぞれだと思いますね。

安彦 今度やってみて勝てた時は、マイクパフォーマンスで伊藤代表に言いますね。

伊藤 (笑い声)。キャラが全然変わっちゃうね。

<7>人間関係で悩まないためのマイルール

安彦 僕は誤解を恐れずに言うと、人を好き嫌いで見てしまうので。その人と話したいとか、ワクワクする人といるようにしています。できるだけそういう人を探すようにはしていますね。

伊藤 そんなに考えないですよ。結局人はね、言いたいこと言っているだけで、その人のことなんて何も考えてないですよ。身内ぐらいじゃないですか。なのであまり人の言っていることに左右されないですね。腹が立った時も、今は1回深呼吸して冷静になっている。そして付き合わない人とは付き合わない。この人とは仕事しないなと。今はSNSでもたたかれたりするけど、左右されないようにしています。言いたいことがあるなら会場にいるから直接言いにきていいと。しっかり聞きたいとは思っていますよ。

<8>学ぶ姿勢を忘れないためのマイルール

安彦 僕は尊敬している、追いつかないなという人にできるだけ会うようにしています。そういう人たちから何を学べるか。あとは美術鑑賞も意外と好きで、

絵って情報が少ないじゃないですか。そうしたものから何を感じられるのかというのはやっていますね。

伊藤 学ぶときは純粋な気持ちでいくこと。その姿勢というか、良きものには何を言おうとしているかを感じて、実行していくということですね。

<9>自分らしく生きるためのマイルール

安彦 僕は自分にうそをつかないこと。それがあったからJリーガーも目指しました。常に自分に問い続けながらやっているので。それを掘り下げることですね。

伊藤 原点がブレないようにしていきたいなと思っています。今年54歳ですが、僕は魂が老けなければ歳をとらないと思っていて。最初にジムを始めた時も、なぜ始めたのか根本を動かさずに、そこに肉付けしていく。芯はブレないようにしてますね。

安彦 伊藤代表の原点はどこにあるんですか

伊藤 僕は小学校低学年の時は新幹線になりたかったんですよ。かっこよくて速いじゃないですか。運転手じゃなくて、新幹線です。ジャンボジェットとかも。そこから中学生の時にブルース・リーにハマって。キックボクシングを始めた時もその影響はありました。高校を卒業して下北沢に住んでいたら、近くにジムがあって。当時は卒業後2年くらいは居場所が見つからなくて。ジムの会員になって練習したら、ここが居場所だなと感じてしまって、入って半年で内弟子になりました。あの時、生活は苦しかったけど、それが心の原点みたいなものですね。幸せってお金じゃないんだなと。心が充実できていればいいんだと22、23歳の時に感じましたね。

安彦 今回は9つのマイルールについて語りました。最初はJリーグのチェアマンと話しているくらいの緊張感だったんですけど、話し始めたら伊藤代表を掘りたくて掘りたくて楽しくなってきちゃいました。ここまでパーソナルな部分を聞いた事はなかったですし、最後は原点についても聞けました。学べることは多いと思いますし、ぜひこれは若い子に届いてほしいなと思います。

伊藤 選手との対談はなかなかないので新鮮でしたね。ただ、ようしゃべるなと(笑い)。安彦さんはミーティングでもずっとしゃべっているんですよ。でも好青年ですし、中年の星として道をつくっている。彼みたいになりたいという35歳以上の子もいるので、彼の立ち位置や存在は強いので、頑張ってほしい。人生経験や発信力もあるので、選手会長じゃないですけどそういう立ち位置がいいんじゃないですか。彼の人生見たら他の選手は勇気もらえますよ。本当に好きなことやっていますけど、生き生きしていますよね。若い子にも生きる力みたいなものを学んでほしいなと思いますね。

-最後にあらためて伊藤代表から若者への言葉をお願いします。

伊藤 失敗を恐れないこと。40歳、50歳になったら失敗を恐れるようになりますが、ガンガンいけと言いたいですね。転職を10回したっていいですし、興味あることを突き詰めてほしい。それが糧になるので。どんどんいけということですね。




◆伊藤隆(いとう・たかし)1970年9月22日、埼玉県出身。90年代から00年にかけてキックボクシング選手として活躍。元WMAF世界スーパーウエルター級王者。00年にキックボクシングジム「TARGET」を立ち上げ、現会長。03年には格闘技団体「RISE」を旗揚げし、代表取締役を務める。



◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算2勝1分け2敗。身長175センチ。

対談を行った安彦(左)とRISEクリエーション代表の伊藤隆氏(撮影・鈴木みどり)
対談を行った安彦(左)とRISEクリエーション代表の伊藤隆氏(撮影・鈴木みどり)
対談を行った安彦(左)とRISEクリエーション代表の伊藤隆氏(撮影・鈴木みどり)
対談を行った安彦(左)とRISEクリエーション代表の伊藤隆氏(撮影・鈴木みどり)
対談を行った安彦(左)とRISEクリエーション代表の伊藤隆氏(撮影・鈴木みどり)
対談を行った安彦(左)とRISEクリエーション代表の伊藤隆氏(撮影・鈴木みどり)
安彦と対談を行ったRISEクリエーション代表の伊藤隆氏(撮影・鈴木みどり)
安彦と対談を行ったRISEクリエーション代表の伊藤隆氏(撮影・鈴木みどり)
RISEクリエーション代表の伊藤隆氏と対談を行った安彦(撮影・鈴木みどり)
RISEクリエーション代表の伊藤隆氏と対談を行った安彦(撮影・鈴木みどり)