初場所中、国技館のロビーなど人が集まる場所で押尾川親方(元関脇豪風)を見ない日はなかった。本場所後の2月1日に引退相撲(両国国技館)を控えており、PR活動に懸命だった。

常にチラシを抱え、観客と対話しながら来場を呼び掛ける。自身のツイッターでは毎日、空席情報をつぶやく。昨年初場所での引退後から、ほぼ休みなく準備を進めてきた。故郷の秋田に戻って宣伝もした。「チラシは数万枚、配ったでしょうね」と押尾川親方。来場者への土産に入れるオリジナルグッズは、自ら考案した。

ここまで熱心に動いた親方は見たことがない。「圧倒的だとよく言われます。こういう経験はなかなかできません。最初で最後のセレモニーは、記憶に残るようなものにしたいですから」。引退相撲は、集客が自らへの実入りに直接影響する。元稀勢の里の荒磯親方のようにチケットが即完売する人はまれで、営業努力は欠かせない。

引退相撲の見せ場は、いくつかある。押尾川親方がまわしを締め、土俵で相撲を取る「最後の一番」の相手は、まだ秘密。一般的には息子や長年のライバルが登場するが、果たして誰になるのか? 「ミスターXです。まだ言えません」(押尾川親方)。

司会進行はNHKの刈屋富士雄アナウンサーに依頼した。「尾車部屋のパーティーや、披露宴も担当してくれた。刈屋さんで締めくくります」(押尾川親方)。断髪式のクライマックスではおそらく、現役時代の思い出の取組を刈屋アナが実況し、泣かせにくるだろう。

まげを落とした後の整髪は、特別な美容師が手掛ける。「新宿・歌舞伎町の女の子(の髪)をやっている方で、50年以上のベテラン。スーパー美容師です」(押尾川親方)。

このように、催し物のあちこちに仕掛けを駆使し、観客をあきさせないように工夫している。

まもなく、力士の象徴である「まげ」がなくなる。「当日は楽しみです。最後のセレモニーですから、皆さまへの感謝を込めて、すべてをぶつけます。寂しさもあるけど、それよりも楽しみの方が大きいですね」。現役時代はもちろん、引退後もやりきったすがすがしさが漂っていた。【佐々木一郎】