程なくして大相撲名古屋場所(ドルフィンズアリーナ)が始まる。4日が初日だ。コロナ禍にあって名古屋での本場所は2年ぶり、地方場所開催は昨年3月の春場所(大阪)以来となる。その春場所は無観客開催だったから、お客さんが入っての地方場所となると、一昨年11月の九州場所が最後だった。地方の好角家にとっては、待ちに待った本場所興行となる。

話題に事欠かず見どころはあまたあるが、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の綱とり以上に、個人的には横綱白鵬(36=宮城野)に注目している。史上初めて2度目の「一人横綱」として111日ぶりに臨む初日の土俵は、全国のファンが固唾(かたず)をのんで見守るだろう。言わずと知れた「進退」のかかる場所だからだ。

数々の最多記録を樹立し最強を示す一方で、横綱の「品格」を指摘され、何かと物議を醸す言動がここ数年ほどあった。その1つ1つを掘り下げるつもりはないが、問題提起してくれる力士としては得難い存在だと思う。絶対的な強さも備えているから、なおさらだ。大相撲史上に残る希有(けう)な存在とも言えるだろう。

状況は瀬戸際だ。休場しても「出れば優勝」で存在感を示していたが、それも昨年3月の春場所まで。以降の6場所(全90日)は出場が14日だけで全休が4場所。横綱審議委員会(横審)からは「注意」の決議が継続されたままだ。白鵬自身、土俵人生を本場所に例えて「もう10日目を過ぎている」と36歳の誕生日を迎えた3月11日に話している。とうに腹はくくっているのではないか-。

「進退」-。その2文字が初めて白鵬について回ったのは、昨年の11月場所前だった。出場が微妙だった横綱について、師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)は「もし出られなかったら、あれですね。来場所に進退をかけて頑張るしかないですね」と踏み込んだ。前言撤回は、その翌日。休場が決まった日に師匠は「白鵬の進退にかかわる発言をしましたが、決して本心でなく軽率だったと深く反省しております。訂正して取り消させていただきます。たいへん申し訳ありませんでした」と書面で異例の謝罪をした。

そして3月の春場所。2連勝しながら3日目から休場したことで、再び進退問題が再燃。この時、やはり取材に応じた宮城野親方は、白鵬が手術後に5月の夏場所も休場し、名古屋場所で進退をかける意向であると説明している。ただし、白鵬自身が明言することはなく、初めて「進退」を口にしたのは今月12日の綱打ち後のことだった。「はじめは(進退の意味が)最後の場所という意味なのかと思っていたけど、その後、この進退という言葉の意味を理解できるようになりましたね。やっぱりこう、進むのか、退くのか止まるのか、というね。そういう意味があることがわかったので。とにかく今はやることをやって、頑張りたいと思います」。

個人的には、あまり「進退」という言葉は使ってほしくない。土俵に立てば相手があることだ。一切の情は排除しなければ戦えない。「相手は負ければ最後の土俵になるかもしれない…」などという感情が少しでも入れば、精神的な影響が出ないとも限らない。まあ「そんなに気が優しかったら土俵は務まらないだろ」と親方衆に一喝されるかもしれないが、同部屋対決や兄弟対決が本割で組まれないのは、そんな「情」の世界だからだと思う。対戦相手に変な邪念が入らなければいいが…。

幸い、白鵬自身は「名古屋場所、秋場所、その先も頑張るという気持ちで、やっぱり早い段階で体を治して頑張りたいという気持ちで」と、手術に踏み切った理由を話している。これは救いだ。土俵に立つ以上は威風堂々と、そしてどんな名選手、名力士にも訪れる散り際はすがすがしく-。たとえ身を引いても、大功労者であったことは異論の余地がない。角界を支えてきた誇り、気概を胸に、おとこ気をたっぷりみせてもらいたい。【渡辺佳彦】