元世界3階級王者・八重樫東(37)が現役引退を発表した。激しく打ち合うスタイルから「激闘王」と呼ばれた名王者を、選手、関係者、歴代担当記者などが語ります。デビューから15年間コンビを組んできた、元東洋太平洋フェザー級王者の松本好二トレーナー(50)は、類いまれな精神力の強さが、世界王者につながったと振り返りました。

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世界の舞台で、これだけ長く一緒に戦ってこられたのは、僕にとっても最高の財産です。あらためて思い返してみると、大橋ジムに入ってきた時は、今のように、「とことん頑張る」というタイプの選手ではなかったんです。それが川嶋(勝重)の練習への姿勢を見たり、後輩に(井上)尚弥が入ってきたりする中で、どんどん良い方に変わっていきました。尚弥は、階級も近く、比較もされますし、「自分」を持っていない選手だったら、気持ち的にもぶれる環境だったと思いますが、八重樫は最後までぶれなかったですね。

激しい打ち合いの連続で、身内からしたらハラハラする選手でしたが、無事に引退を迎えられて、寂しい半面、トレーナーとしても、キャリアをまっとうさせてあげられたのかなという自負もあります。

忘れられないのは、日本王者時代ですね。けがの連続で、万全の状態でリングに立つことがほとんどできませんでした。実際、会長は「引退」も考えていましたし、2度目の防衛戦の初回にダウンした時は、「厳しいかな」と思いました。でも、その試合を逆転で勝ちきって、そこから、吹っ切れたように世界が近づいていった感じがします。

八重樫の練習を受けるのは、こちらも真剣勝負です。普通の選手は、トレーナーとのミット打ちは、だいたい1日に3~4ラウンド程度なのですが、八重樫は多いときは、10ラウンドを超えます。僕も体力的に相当きついですが、八重樫がすべてのラウンドを全力でくるから、こっちも、少しでも良いコンディションにしてあげたいと、相乗効果が生まれるんです。その姿勢は、世界王者になっても変わらなかったですね。

八重樫のボクシングへの向き合い方は、後輩ボクサーの手本になると思います。負けても一生懸命頑張ればチャンスがくるんだというのを背中で示してくれましたし、試合の結果がすべてではないということを伝えてくれました。

世界王座を取ったポンサワン戦の前に、実は別の世界王者に挑戦する話がほぼ決まっていたんですが、東日本大震災で試合が流れてしまったんです。僕も現役時代に世界に3度挑戦させてもらっていますし、何年も待ってつかみかけたチャンスですから、その悔しさは分かります。

なので、会長に「1週間ぐらい休ませたい」とお願いし、リフレッシュするように八重樫に伝えたんです。ところが、「他にやることがないんで、練習してもいいですか?」と言ってきました。自分の現役時代と比較し、「こういうやつが世界王者になるんだろう」と、その時に思いました。

いろんな激闘がありましたが、やはりロマゴン(ローマン・ゴンサレス)戦は特別でした。前半は足をつかう作戦だったんですが、1ラウンドを終えてコーナーに戻ってくると、八重樫が「打ち合いたいです」と言ってきたのです。わずか60秒のインターバルですから、長く話すことはできませんし、相手と向き合って八重樫が感じた「風」が正解なんだと僕も覚悟を決めました。「行くのか?」「行きます!」「止めてもいくんだろ?」「はい!」。そんな短い会話をかわした、八重樫は楽しそうな笑顔でした。そのシーンが写真で残っていて、それは僕にとっても特別な1枚ですね。

その試合で結果(9回TKO負け)は残せませんでしたが、世界戦が決まれば、2人で作戦を立てて、何カ月も前から、その日に向かって作りあげていきます。八重樫が世界を取って以降は、「俺は教える立場かもしれないが、ずっと一緒に戦ってきた同士だと思っている」と言ってきました。あらためて、15年間、ありがとう、お疲れさまと伝えたいですね。これからは、八重樫の持っているトレーニング方法や減量の知識を1人でも多くの後輩に伝えていってほしいですね。