新日本のエース棚橋弘至(46)が、2月のノア東京ドーム大会で現役生活にピリオドを打つ師匠・武藤敬司(60)に学んだ「エースの美学」を明かした。新日本時代に付け人を務めた棚橋は、4日の東京ドーム大会で新日本ラストマッチを行う武藤と6人タッグマッチで組む。プロレスリングマスターの極意を吸収し、プロレス界の象徴になる。

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プロレス界は変動の時を迎えている。昨年10月、燃える闘魂アントニオ猪木さんが天国に旅立った。今年2月には、圧倒的な存在感を誇り続けた武藤も引退する。新日本のエース棚橋は、言った。「プロレス界における棚橋の立ち位置。そこに自分自身が責任をもってやっていかなければいけない」。

22年10月にノア有明大会で武藤の対角線上に立ち、12月には藤波とデビュー50周年記念大会で激突した。アントニオ猪木さんから続く「エースの系譜」を継承してきた偉大なレスラーたちと直接肌を合わせ、その自覚はより一層強くなった。「僕は一プロレスラーとしての立ち位置にずっとこだわってきた。でも、武藤さんや藤波さんのように、プロレス界全体を巻き込んで盛り上げていく、そういった役割もあるんじゃないかな」。彼らに代わる存在は、俺しかいない。そう、しみじみと振り返った。

棚橋にとって、師匠・武藤の背中はとてつもなく大きかった。若手時代から強烈な自己肯定力の持ち主だったが、初めて敗北感を味あわされたのが武藤だった。「圧倒的な花なんですよ。レスラーとしての動きにしても、存在感にしても、ビジュアルにしても…あれは天性のもの。生まれ持った花を前にした時、人ってめちゃくちゃ無力なんです。『この人には勝てんな』と思わされたことが何度あるか…」。

武藤の人柄を顕著に示すエピソードがある。付け人時代、棚橋は巡業先でもよくジムに連れて行ってもらった。あるジムで、棚橋がショルダープレス36キロを上げていると、武藤が近づいてきて、こう言った。「お前、軽いのやってんな!」。そういって、すぐ隣で38キロを上げ始めたという。

「付け人の若手なんてほっとけばいいのに! その時チャンピオンでスーパースターですよ? どこまで負けず嫌いなんだって驚愕(きょうがく)しました」。

プロレスでは通常、年齢やキャリアを重ねれば、試合は楽になるものだという。ファンの声援の後押しや試合運びに慣れてくるからというのがその理由だ。だが、武藤はキャリアを度外視した、体力や技の部分でも誰にも負けたくなかったという。「本当にどこまでも貪欲。1番じゃないと気にくわない人でした」。

棚橋は、その姿勢に刺激を受けた。誰が相手でも、武藤がパートナーでも、前に出てポーズを取ることを心がけた。「100年に一人の逸材」を自称し、気持ちでは負けまいと誓った。

新日本は50周年を終えて、新たな時代を迎えようとしている。その象徴は、棚橋でなくてはならない。「俺らが歴史をつないでいく」。武藤イズムが、棚橋の血には流れている。【勝部晃多】