プロボクシング元WBA世界ミドル級スーパー王者村田諒太氏(37)が11日、東京都内で所属ジムの先輩で元WBC世界ライトフライ級王者木村悠氏(39)とのトークイベントに参加した。木村氏が運営するボクシングファンコミュニティー「オンラインジム」で企画されたもので、約130人のファンが詰め掛けた。

現役時代を振り返る中で、村田氏は19年7月、当時のWBA世界同級王者ロブ・ブラント(米国)との再戦で2回TKO勝ちした際、自身のボクシングのパフォーマンスすべてをみせられたと回顧。リベンジを達成し、世界王座奪回を果たしたファイト後に「辞めようと思った。当時のマネジャーにも言いました」と明かした。すぐに同年12月には、当時のWBO世界同級1位スティーブン・バトラー(カナダ)との初防衛戦が決まり「あの時、もうモチベーションがあるかないかは捨てようと。勝つことだけを考えていました」と当時の率直な気持ちを口にした。

またラストマッチとなった22年4月、同級最強と言われるIBF世界同級王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との王座統一戦の序盤で「結構、攻めていたので、これで勝てるのかなと思いつつ、いや待てよ、と。疑念が生まれました」とも。アマチュア時代となる11年の世界選手権銀メダルを獲得した決勝の時、さらに17年5月、アッサン・エンダム(フランス)とのWBA世界同級王座決定戦途中でも胸に芽生えた気持ちだったという。村田氏は「2011年で思ったことが11年経過してもありました。ああいう相手に勝てると思ったら、自信を持っていけば勝てるかもしれないけれど。でも今はもう(ボクシングは)いいかな」と苦笑していた。

また19年12月のバトラー戦後、コロナ禍の影響で約2年4カ月ぶりのリングとなったゴロフキン戦で9回にダウンを喫した際、キャンバスに倒れた自分自身の顔が少し笑っていたと分析。試合後、自らの表情を見返して「あれはやっとボクシングから解放されるという顔だったのかなと思う」と感慨深げに話していた。