昨年末のボクシング日本バンタム級タイトル戦後、右硬膜下血腫のために開頭手術を受けていた元日本同級ランカー穴口一輝さん(真正)が2日午後5時38分、死去した。23歳だった。昨年12月26日、東京・有明アリーナで当時の日本同級王者堤聖也(28=角海老宝石)に挑戦。3回に左ストレートで堤の右目上を切り裂く一方、計4度のダウンを喫する激戦を展開した。判定負け後に意識を失って都内の病院に救急搬送されていた。3日、東京・後楽園ホールで行われた所属ジム興行では黙とうがささげられた。

昨年末、スーパーバンタム級4団体王座統一戦となった井上尚弥-マーロン・タパレス戦のセミファイナルで激闘を繰り広げた穴口さんが帰らぬ人となった。当時の日本同級王者堤に計4度のダウンを許しながらも最後まで戦い貫き判定負け。試合後に意識を失い、右硬膜下血腫のために開頭手術を受けた後、闘病を続けていた。2日に都内の病院で最後まで穴口さんに付き添った真正ジムの山下正人会長は3日に都内で「試合が終わってからずっと苦しむことなく、穏やかな顔をしたままでした。良く頑張ってくれたので、本当に天国で安らかに休んで、見守ってほしいと思っています」と悼んだ。

穴口さんの夫人、両親、祖父母も病院に駆けつけ、最期をみとったという。同会長は「ご家族が到着するまで頑張ってくれました。この1カ月間、ある程度は覚悟し(心の)整理をしていましたが…自分は一生で1番ぐらい泣きました」と沈痛な表情。遺体は3日午後に実家のある大阪・岸和田市に運ばれた。通夜は5日、葬儀・告別式は6日、同市内で営まれる予定だ。

穴口さんは戦績68勝8敗のトップアマとして活躍。6歳から同市内のアマジムでボクシングをはじめ、中学から兵庫・芦屋学園に進学。中高6年間、片道2時間かけて通いながら競技に没頭した。フライ級で高校2冠。芦屋大進学後、東京五輪予選に敗退し、1年間競技から離れた際、山下会長から誘われてプロ転向。身長166センチの左ボクサーとして注目された期待のホープだった。亡くなる前には堤戦が23年の年間表彰で年間最高試合(世界戦以外)に選出されていた。

 

〇…統括機関となる日本ボクシングコミッションの安河内本部事務局長は穴口さんの死去を受け、あらためて再発防止に努めると強調した。都内で取材対応した同事務局長は「原因究明は難しいが、全力を傾け、原因を明らかにしていきたい。穴口選手の死を無駄にせず、再発防止に努めたい」と言葉に力をこめた。今後はラウンドの長さをはじめ、減量方法などを含めた聞き取り調査に取り組み、事故の原因、対策を検討するという。

 

バンタム級モンスタートーナメント決勝として堤-穴口戦をプロモートした大橋ジム大橋秀行会長(穴口さんの死去を受け)「穴口一輝選手のご逝去の報に接し、誠に痛恨の極みです。ご遺族の皆さまのご心痛いかばかりかとお察し申し上げます。心よりご冥福をお祈り申し上げます」