念願の初顔合わせは一瞬で終わった。

 阿武咲は立ち合いで、稀勢の里得意の左四つを封じるため、右を固めて頭からぶつかった。だが、おっつけから体勢を崩し、両手を土俵についた。「考えていた立ち合いではなかった。右を固めたところ、おっつけられた。相手が全然上ということ」と、足が滑ったように見えた一番にも力の差を痛感していた。八角理事長(元横綱北勝海)も「滑ったのではなくて気負いから。足が動かなかったということ」と、心身ともに稀勢の里が一枚上手だったと解説した。

 それでもあこがれの存在との一番を終え「すごいうれしかった」と、笑顔を見せる場面もあった。幕下に陥落した昨年、当時大関だった稀勢の里に巡業や出稽古で胸を借りた。「相撲は下半身で取るものと教わった」と、先場所まで新入幕から3場所連続2桁白星という初の快挙につなげた。

 十両から陥落した当時を「1度は終わったと思われた人間」と評する。そこから「テレビの中の世界の人」と思っていた稀勢の里がつくってくれた再起への道筋。176センチの新小結は、11センチも大きな恩人と土俵上で向き合うところまでたどり着いた。「いろいろ足りないと思った。やるべきことを毎日一生懸命やるだけ」。土俵でまた新たな教えを受けた阿武咲は、すがすがしい表情だった。【高田文太】