大相撲初場所で2度目の優勝を飾った豊昇龍(25=立浪)が、晴れて「第74代横綱」となった。

日本相撲協会は29日、春場所(3月9日初日、エディオンアリーナ大阪)の番付編成会議、臨時理事会を経て、満場一致で豊昇龍の横綱昇進を決定。都内の部屋で行われた昇進伝達式では「気魄一閃(きはくいっせん)」と、大関昇進時と同じ四字熟語を用い、まずは2桁優勝を目標に掲げた。不仲が続いていた叔父の元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏とは和解。叔父の背中を追い、共闘し“令和の大横綱”を目指す。

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運命的に、偉大な叔父と同じ1月29日に昇進伝達式を迎えた。豊昇龍は叔父の元朝青龍が歩んだ、22年前の足跡をたどるように同じ日、昇進を伝える使者を迎えた。師匠の立浪親方(元小結旭豊)夫妻に挟まれ、使者を務めた同じ出羽海一門の理事の境川親方(元小結両国)、審判部の大鳴戸親方(元大関出島)から横綱昇進を伝えられると、よどみなく口上を述べた。

「謹んでお受け致します。横綱の名を汚さぬよう、気魄一閃の精神で精進致します。本日は誠にありがとうございました」。

「気魄一閃」は、23年7月の名古屋場所後、大関昇進の伝達式でも用いた。同じ四字熟語を大関、横綱どちらの昇進でも用いたのも「一生懸命」を2度使った叔父の背中を追う格好。豊昇龍は「大関に上がった時から気魄一閃の気持ちが強く、これからも使おうと、親方と話して決めた。迷わずに決めた」と明かした。部屋の上がり座敷には「気魄一閃」の書が堂々と飾られている。「どんなことがあっても力強く立ち向かおうという思い」と、言葉の意味と意気込みを重ねた。

叔父とは年明け前から不仲が続いていた。これまでにも繰り返しあった。関係者の話を総合すると、元朝青龍が時には理不尽な要求も伴って、求めるものを押しつけ、豊昇龍が口うるさく感じ、口をきかなくなるのが毎度のパターン。それが前日28日、立浪親方と後援者に促される形で電話すると「よくやったな。横綱は協会の看板力士だから、しっかり考えていきなさい」と祝福された。「強くなったな」と誉められもした。豊昇龍は「うれしかった。認めてくれたのかな、と」。同じ地位に上り詰め、敬意を示され自信になった。

もともと、叔父に憧れて相撲を始めた。「横綱になっても、叔父さんの名前は自分から離れない。それを踏まえて頑張る」と、比較されることを嫌がっていた過去と決別した。雲竜型の土俵入りを選んだことも告白。「今まで見てきた横綱も、雲竜型がかっこよかった」。叔父も雲竜型だ。当面は「2桁(優勝)」が目標。歴代4位優勝25度の叔父と、いがみ合う時代は終わった。叔父と共闘、叔父に近づき“令和の大横綱”と呼ばれる日を目指し続けていく。【高田文太】