東前頭5枚目の義ノ富士(24=伊勢ケ浜)が、初金星を挙げた。初日から勝ちっぱなしだった横綱大の里(25=二所ノ関)に今場所初黒星をつけた。
もろ差しを狙ってまず左を差すと、相手が引いた。その動きに乗じて走り、押し出した。鋭い立ち合いが、横綱の悪癖を誘発した。
「自分の相撲が取れて、結果、金星という形になって良かったです。少し右の方にずれて、左を差しやすくした。はじかれたので、もう1回狙って入った感じ。あとは覚えてないです。勝った後の歓声はすごかったです」
9日目は、豊昇龍に敗れた。初の横綱戦で「上手を取られたらどうしよう」「投げられたらどうしよう」とネガティブ思考になり、自分の攻めが出せなかった。一夜明け、気持ちを切り替えて「思い切りいきました」。
朝の時点で、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱照ノ富士)と作戦を照らし合わせた。「どうやっていくんだ?」と聞かれ「もろ差しで走ります」と答えた。「最初は入らないから、絶対に、我慢できずに上手からいくのではなく、もう1回差しにいけ」と助言を受けた。義ノ富士が考えていたこととピタリ一致し、想定していた通りの展開になった。
日大時代に日本学生選手権で、日体大時代の大の里に勝ったことがある。「1学年(相手が)上ですが、プロに入ったころはかなり上の存在」という通り、義ノ富士が初土俵を踏んだ2014年夏場所で大の里は小結だった。「大相撲に入って、相撲のスタイルが多少変わった。横綱もそうなので、昔の印象は捨てて臨みました」。
熊本出身で、九州場所はご当所。「義ノ富士」のタオルを掲げる観客が多く「応援されている分、応えないと」と意気に感じた。元競輪選手の父・草野信一さんが観戦に来た日に、記念の初金星を挙げた。
結び前という事情もあるが、九州場所の座布団は投げられないように4つが連結している。舞う光景は見られず「さみしいです」と言い、22本の懸賞袋の束には「手の感覚がわかんなかった」。本名の草野から改名したばかりの本場所は、初体験の連続だった。
これで7勝3敗とし、優勝争いに残った。初土俵から10場所連続の勝ち越しには王手をかけた。「また明日から自分の相撲をつくって勝てるようにしたいです」。11日目は、1敗の安青錦と対戦する。【佐々木一郎】

