バルセロナ五輪78キロ級金メダリストの吉田秀彦(24=新日鉄)が準決勝で小川直也(26=JRA)を判定で破り、1989年(平元)から続いた小川の連覇を5でストップさせた。金野潤(27=綜合警備保障)との決勝も左ひじを痛めながら判定に持ち込む奮闘。惜しくも敗れたが、準優勝を果たした。金野は3度目の決勝進出で悲願の初優勝を飾った。
準決勝2試合目、判定の旗が分かれた。吉田は主審の手が自分に上がった瞬間、両こぶしを大きく広げて叫びを上げた。ついに打倒小川が成った。バルセロナ五輪金メダルの瞬間と全く同じポーズが、最大級の感激を示していた。
攻撃一本、まさに吉田の真骨頂だった。中盤から130キロの小川に背負い投げを連発。体重差44キロの小川を倒すには、担いで浮かせるしかない。残り1分を切ってからは、足元がふらつきながらも背負いまくった。最後は、観衆のほとんどが吉田に拍手を送るほど興奮を誘っていた。
金野との決勝も壮絶だった。すでに小川戦で力尽きながら、技の数では上回った。金野のわき固めに、左ひじがボキッと音を立てた。苦痛に顔をゆがめながらも棄権せず、左で握れないまま戦い抜いた。惜しくも判定で敗れ準優勝。試合後は、左ひじはく離骨折の疑いで病院へ直行した(検査の結果、骨に異常なし)。「(小川に)勝ったからには優勝しなければ悪いと思ったが……」。話す気力は、ほとんど残っていなかった。
小川戦は明大の先輩後輩同士の大一番。複雑な心境で見守った明大の重松裕之監督(33)は「コーチがこんなことを言っては何だが、感動させてもらった。日本の柔道家にツメのアカを煎(せん)じて飲ませたいほどだ」と声を震わせた。
大会2週間前の練習中、股(こ)関節を痛めたが、「一度ぐらいは日本の頂点に立ちたい。波乱を起こす」と闘志だけは持ち続けた。今年から86キロ級に階級を上げたとはいえ、無差別級大会の2位は至難。重量級の関根、小川を連破、金野とも小差にもつれたのだから、優勝に匹敵する価値がある。吉田はまさに柔道の神髄を体現した。
左腕を包帯で固定しながら「(金野は)技をかけてこないし、ポイントありましたか」と、武道館を出るまで決勝の判定にこだわった。闘魂のあかしだった。【織田健途】

