男子90キロ級で、バルセロナ五輪78キロ級金メダルの吉田秀彦(31=新日鉄)が3回戦で、右ひじ関節脱きゅうの重傷を負った。オノラト(25=ブラジル)から内またを仕掛けられた時、右ヒジをついて関節を外し、担架で運び出され、そのまま敗者復活戦を棄権した。シドニー市内の病院での検査では全治5週間と診断され、ベテランの現役続行は微妙な状況となった。女子70キロ級では上野雅恵(21=住友海上)が3回戦で姿を消した。柔道は競技5日目で初めてメダルゼロとなった。
3度目の五輪舞台で、吉田が壮絶な悪夢を見た。3回戦の開始43秒、オノラトに内またをかけられると、体が高く宙に浮き上がった。技を防ごうととっさに出た右ヒジに、2人分の体重がかかった。ヒジが「グニャリ」という音が聞こえてきそうなほど、反対側に曲がった。声も出せないほどの激痛。全日本男子の宮崎誠司ドクター(35)と会場近くの病院へ直行。骨には異常はなかったが、全治5週間と診断された。
担架で控室に運ばれた時は「ひじが後ろにいった。変な音がした」と顔をゆがめた。敗者復活戦で銅メダルを目指せる状況ではなかった。「非常に残念です。今は頭が真っ白で何も考えられない。すみませんでした」と悲痛に話したという。
1992年バルセロナ大会で金メダル、アトランタ大会で初戦敗退。天国と地獄を味わった男は、97年1月の年賀状で愛犬の写真を使った。犬の名前はシドニー。同年4月から1年間は全日本クラスの大会に出なかったが、柔道着を脱ぐつもりはなかった。けいこ量も100キロ級代表の井上康生(22=東海大)らの3分の2だが、内容は若手を超えるだけの質を備えていた。「現役を辞めるのは、勝てなくなった時」と五輪後も現役続行の意思を示すほど充実していた。
全治5週間ならば、約2カ月後で復帰できるが、恩師である吉村和郎・女子監督は「目いっぱいやった。もういいんじゃないか」と、現役引退をすすめた。今年4月に現役引退を表明した古賀稔彦とともに、90年代の日本柔道界を引っ張ってきた吉田の柔道人生が、悪夢とともに節目を迎えた。【藤中栄二】

