「サムライ・ジャパン」、絶妙のネーミング。「侍」には多くの意味があるが、「あの男は侍だ」と表現される場合の「サムライ」、男らしい、気骨があることを指していると思われる。鎌倉・室町時代から「侍」は幕府の役に就く「武士」で、武士道によって律されてきた。1965年、日体大は武道学科を設置、私は1期生として入学した。
その歴史を学んでショックを受けた。なぜなら、武士道の原点は朝鮮半島から伝わったと知ったからだ。高句麗の全盛期に「先輩(ソンベ)制度」があり、武術と学問を授けられた武人が国家のために命を懸ける。身分制度の厳しかった高句麗だが、秀でた若い人材を全国から集めて登用した。で、高句麗は強かった。
そこで、新羅や百済は高句麗のシステムを導入、「花郎」(ファンラン)という制度で対抗する。「先輩」と「花郎」は、ほとんど同じ制度。私からすれば、「先輩」も「花郎」も「侍」に映る。ただ、日本の武士階級は世襲制度であったが、朝鮮は実力主義であったようだ。
故志村けんさんの演じるバカ殿様、私は大ファンだった。特徴は、殿様がおしろいで化粧していたこと。「花郎」が日本に伝播(でんぱ)したなごりである。日本でも高貴な方々は男性でも化粧し、スッピンでは人とは会わなかった。
「花郎」たちは、戦いの際、先鋒(せんぽう)は女装したという。山陰地方に昔から伝わる船競争の船先に乗る者は女装する。朝鮮半島からの影響だと考えられている。目印の一面もあっただろうが、戦いという非日常の状態にのぞむ決意を促す一面をも物語る。そもそもチョンマゲも朝鮮半島から伝わった。高句麗の古墳壁画(4、5世紀)の安岳3号「相撲図」の力士たちもチョンマゲだ。
「サムライ・ジャパン」、ファンのために心を1つにして勝利に導く集団でなければならない。「侍」につきものは、失敗した時、名誉を汚した時、責任を取る方法は切腹することが作法だった。直近の侍は三島由紀夫しかいない。

