プロ野球オリックスバファローズの宮城大弥投手(22)は宜野湾ポニーズの出身。2016年に日本代表として第31回アジアパシフィックゾーントーナメントU―14ポニーの部に出場し、そこからU―15、U―18、WBCと「侍ジャパン」をステップアップしていきました。ポニーリーガーのレジェンドに「国際試合」をテーマに聞きました。
【壁にぶつかつ部分もあると思う。そこは頑張ってほしい】
宮城がポニーリーガーだった当時、日本代表は各連盟の選抜チームによる代表決定戦が行われた。宜野湾ポニーズに入団当時、左肘を痛めていた宮城は、2年生から本格的に投手となり、沖縄選抜入り。日本代表決定戦では九州選抜を破り、フィリピンで行われたアジアパシフィックゾーントーナメントに進出した。初めての国際舞台は準決勝で韓国に延長戦の末、サヨナラ負けした。それでも、当時を振り返ると「楽しく野球ができたのかなと思います。初めての代表だったので」。活躍は評価され、その夏には侍ジャパンU-15代表に選出された。
進学した興南(沖縄)では同U-18代表で佐々木朗希(大船渡-ロッテ)、奥川恭平(星稜-ヤクルト)西純矢(創志学園-阪神)らそうそうたるメンバーの中で、投手兼外野手としてフル回転したが、5位に終わった。そして、プロ入り後は昨年のWBC第1ラウンド初戦のチェコ戦で5回1失点と好投したが、登板は1試合に終わった。
日の丸を背負い、悔しさも味わいながら、世界一まで経験。パ・リーグ3連覇のオリックスの大黒柱にも成長した。ポニーから始まった国際試合の経験が、今に役立っているのか問うと、静かな口調に力がこもった。
宮城 いや、特にそこまで。若いからと言って…。若い時に代表を経験してプロになれなかった人もいますし、それがすべてではないと思いますけど、いろんな環境でプレーできたことは、どの選手にとってもプラスになると思います。それを経験したからこそ、壁にぶつかる部分もたくさんあると思う。期待される割合も高くなるので。そこは頑張って欲しいかなと思います。
経験したことに満足するのではなく、そこからどんな努力ができるか? 現在、ポニーリーグは8歳から2歳ごとに代表チームを結成するなど、より多くの国際試合を経験できるよう門戸を開いている。チャンスをつかんだその先に、また次のチャンスがある。国際舞台の壁を乗り越え続ける、宮城先輩のメッセージだ。
【コミュニケーションからチームワーク生まれる】
一問一答
──アジアパシフィックゾーントーナメントで初めて国際試合を経験して学んだことは
宮城 チームワークの大事さ、ですね。とにかく、コミュニケーションが大事だと思います。国際大会となると、選抜メンバーなので、短期間だけどコミュニケーションからチームワークが生まれる。特に日本はチームワークを大事にしている部分があると思うので。横のつながりというか。技術はあるからこそ選ばれていると思うし、そこは自信持って、空回りせず、自分のできるプレーをやってもらいたいです。もちろん、今思えばという部分もあります。自分は緊張、緊張でどうしようと思うタイプだったので。
──日の丸を背負う重圧や、海外の打者に対する時の、心構えを教えてください
宮城 責任があればあるほど重圧もかかってきますし、大事さも知ってくる。そこは成長できる機会なのかなと思います。心構えは、外国人選手相手だけでなく、どの選手に対してもそうですが、いかに最少失点で抑えるかということ。やるべきことはしっかりとやらないといけない。その試合の勝ち負けで順位が決まってしまう部分があるので、そこは大事にしていました。
──昨年、ブロンコ(U―12)、ポニー(U―14)のワールドシリーズで日本代表が優勝するなど、後輩ポニーリーガーが国際大会で活躍しています
宮城 すごいことだと思いますし、ケガをせずに頑張ってもらいたい。本当にそれだけです。
【19年ドラ1でオリへ】
◆宮城大弥(みやぎ・ひろや)2001年(平13)8月25日生まれ、沖縄県出身。興南から19年ドラフト会議でオリックスに1位指名される。21年に13勝を挙げ最優秀新人賞を獲得。昨季まで3年連続2ケタ勝利で3連覇に貢献。171㌢、78㌔、左投げ左打ち。血液型A。

