カーリング女子で18年平昌五輪銅メダル、22年北京五輪銀メダルの吉田知那美(34)が、五輪卒業を宣言した。このほど都内で日刊スポーツのインタビューに応じ、3度出場した五輪を再び目指す考えはないと話した。「河野知那美としてかなえたい夢がある」と、3月末でロコ・ソラーレを退団した理由や今後について明かした。【取材・構成=保坂果那、飯岡大暉】
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3月31日のロコ・ソラーレ退団は2年前から考えていた道だった。
「カーリングで、かなえたい夢をたくさんかなえさせてもらった。ロコ・ソラーレの吉田知那美としてオリンピックを目指して戦う人生のライフステージからは、一度卒業してもいいなって自然に思った」
22年に結婚。今年、35歳の誕生日を迎える。子どもを持つ未来も思い描く。12年シーズン所属した愛着あるチームを離れる決め手は、ライフプランからだった。現実に直面し、覚悟も決まった。
「女性の体のメカニズムを結婚するまで知らなかったし、すごく安易に考えていた。お母さんになってもカーリング選手をやっている人がいる。自分もできるだろうって勝手に思っていたけど、お医者さんとお話しして、そんな簡単な話ではないと」
ロコ・ソラーレでは、国際大会参戦のために1年のうち6~8カ月間は海外遠征する生活を送っていた。「家族と過ごす時間や、吉田知那美だけじゃなくて(結婚後の本名の)河野知那美としてかなえたい夢がある」と切り出した。
「自分のためだけに戦う、自分が強くなるためだけにするカーリングは、もう終わりにしようと思った。今は子どもはいないけど、家族と過ごす時間のプライオリティーをもう少し上げていきたい」
愛する家族との別れも、きっかけの一つだった。24年11月27日に父が亡くなった。脳腫瘍(しゅよう)の一種で、病気が分かってから天国に旅立つまで、あっという間だった。カナダ遠征中に父の死を知らされた。「最初に感じたのは後悔だった」と当時の心境を明かした。
「自分の競技か、家族との時間か。人生で二度としたくない最悪な二択をしなければいけなくて、父の最期に一緒にいなかったという選択をした自分が結構トラウマで」
年齢を重ねてから五輪を目指す可能性についても「ないです」ときっぱり言い切った。「私のモットーで、勝つことや五輪でメダルを取ることやその色だけが、競技人生の幸せに直結ではないと考えている」と説明した。
「もちろん勝ったらうれしいし、成長した証しにはなるので、目指してはいた。でも五輪を目指さなければカーリング人生が幸せじゃないというのは絶対にない。人生でかなえたい夢を考えた時に、五輪サイクルから抜けるのは本当にごく自然な選択」
今後もカーリングと寄り添いながら人生を歩む。4月にはプロのロックリーグに参戦。チーム「タイフーン」で主将を務めた。来季も同じチームでプレーする。活動の幅が広がると感じている。
「ロコ・ソラーレの扉が閉まったということは、逆に100の扉が開いたと思っている。世界中を旅するようにカーリングをすることをこれからやっていきたい」
6月から英国、オーストリアに語学留学する予定だ。英語とドイツ語を学ぶ。「プロリーグに参戦して、英語のインタビューで、もう少し自分の気持ちや感情を豊かに伝えたいと思った」
今後の学びと実績を武器に、新しい世界を切り開く自信はある。
「これからいろんな仕事をさせてもらえる可能性がある。私は日本のカーリング界で誰よりも、どの大会にも出たことがある。カーリングを伝える役割は、一つできることなのかな」
<吉田知那美の五輪>
◆14年ソチ五輪 13年12月の世界最終予選ではリザーブで出場なし。本番ではセカンド小野寺佳歩が開幕前にインフルエンザに感染し、代わって出場。1次リーグ9戦中8戦に出場。4勝5敗で準決勝進出を逃し、10チーム中5位だった。五輪後、北海道銀行から戦力外通告を受けて退団。
◆18年平昌五輪 本橋麻里の誘いを受けて14年に加入したロコ・ソラーレで、17年の日本代表決定戦で中部電力を下して五輪出場権を獲得。本番ではサードとして銅メダル獲得に貢献。1次リーグを4位で通過し、準決勝で韓国に敗れ、3位決定戦で英国に勝利して日本初のメダルを手にした。
◆22年北京五輪 21年の日本代表決定戦で北海道銀行(現フォルティウス)に2連敗からの3連勝で五輪最終予選出場権を獲得し、吉田としては3大会連続の五輪行きを決める。本番では1次リーグ5勝4敗で4位通過。準決勝でスイスに勝利し、初進出した決勝では英国に敗れ、銀メダルを獲得した。
◆26年ミラノ・コルティナ五輪 25年の3チームによる日本代表決定戦にチームとして「負けられない理由と勝つための理由がある」と宣言して臨むも、代表権を獲得できず、五輪出場を逃す。すでに吉田が退団の意向をチームメートに伝えており「(このメンバーで)最後だって私たちしか知らなかったけど、絶対に負けたくなかったのは、五輪に金メダルという忘れ物があったから」(吉田)。
◆吉田知那美(よしだ・ちなみ)1991年(平3)7月26日、北見市常呂町生まれ。小学2年からカーリングを始める。網走南ケ丘高卒業後、カナダ・バンクーバーに留学。11年北海道銀行入りし、14年ソチ五輪出場。同年ロコ・ソラーレ入り。22年7月に全日本スキー連盟アルペンのコーチを務める河野恭介氏と結婚。3姉妹の次女で、妹はロコ・ソラーレ吉田夕梨花。


