[ 2014年6月14日8時31分

 紙面から ]猛抗議するクロアチアイレブンを制してPKを指示する西村主審(右上)<W杯:ブラジル3-1クロアチア>◇1次リーグA組◇12日◇サンパウロ

 ブラジルのPKが、世界中で物議を醸した。開幕戦の後半24分、西村雄一主審(42)が毅然(きぜん)とした態度で下した判定。勝利したブラジルは歓迎したが、対戦国のクロアチアはもちろん、各方面からも疑問の声があがった。PKなのか、シミュレーションなのか-。日本人として初めて開幕戦を担当したアジアトップレフェリーへの風当たりは強い。

 問題の場面は後半24分に起こった。クロアチアのゴール前でDFロブレンと接触したブラジルFWフレジが倒れた。西村主審はロブレンが力を加えたと判断、ブラジルにPKを与えた。猛抗議するクロアチア選手に対し、イエローカードを提示。このPKをネイマールが決め、逆転した。

 世界中がPK判定に反応した。イタリアやスペインなどブラジルと優勝を争うライバル国では誤審騒ぎになった。もちろん、ブラジル有利の笛が吹けないようにくぎを刺す狙いもある。ただ、西村主審の判定が開幕戦から世界を巻き込んだことは間違いない。

 微妙な判定だった。テレビのリプレーではフレジが自ら倒れたように見える。これならフレジがシミュレーションで警告になるが、違う角度の映像ではロブレンの手がフレジの肩にかかっているのが分かる。

 日本協会の松崎康弘前審判委員長は「見る角度によっても違う難しい判断。ただ、西村審判は迷っていない。自信があったのだろう」。また、日本協会で審判員の指導を担う岡田正義さんも「いいポジションから見ていた。西村君が見えた通り、素直に笛を吹いたのだと思う」と語った。

 ゴール前の競り合いでの判定は、各国リーグでも微妙に差がある。ロブレンがプレーするプレミアリーグは他に比べて寛容だと言われる。ただ、国際サッカー連盟(FIFA)はここ数年、厳しい対応を求めている。西村主審はJリーグでもゴール前の接触プレーに厳格。W杯開幕戦でも同じように判断した。元W杯主審の高田静夫氏は「見る限り、いつもと同じような基準で笛を吹いていた。試合を通して平常心で、冷静に裁いていた」と評価した。

 PKや退場の判定は勝敗に直結するため、判断に迷う。よほど自信がなければ「何もなかった」と流すのが賢明だ。しかし、西村主審は迷わずPKを宣告した。前回の南アフリカ大会準々決勝では、オランダと対戦したブラジルのMFフェリペ・メロを退場処分にするなど、一貫して「勇気のある笛」を吹いてきた。だからこそ、アジアNO・1審判として開幕戦を任された。

 開幕戦は、その大会の判定基準になる。PKが頻発するというのは考えすぎかもしれないが、守備側はより相手との接触プレーに神経質になるはず。各国ストライカーが「PK狙い」で、シミュレーションぎりぎりのプレーをする可能性もある。異常なムードの開幕戦を、堂々とコントロールしていた西村主審の笛。20回目のW杯は、物議を醸す判定で幕を開けた。<西村雄一(にしむら・ゆういち)アラカルト>

 ◆生まれ

 1972年(昭47)4月17日生まれ、東京・世田谷区出身。

 ◆審判へ

 都立新宿高校時代、指導していた少年チームが判定ミスで負けたことに「選手の夢をかなえられるような笛が吹きたい」。

 ◆経歴

 99年に1級審判員となり、04年からスペシャルレフェリー(現プロフェッショナルレフェリー)。

 ◆暴言騒動

 08年のJ1東京-大分戦で、判定に異議を唱えた選手に「うるさい。黙ってプレーして」。「して」を「死ね」に聞き間違えられ、一騒動に。

 ◆アジア最優秀審判

 12年AFC最優秀審判となり、ウズベキスタンのイルマトフの5連覇を阻んだ。