フランシス・フォード・コッポラ監督(78)は映画製作に入ると周りが見えなくなる。映像に関わるメカにも目がない。

 80年代中頃に来日した時のインタビューでは、私の小型カメラに異常な興味を示した。当時の人気シリーズ「キャノン・オートボーイ」でも、曲線が特徴のテレ6という機種だった。

 「ちょっと見せて」というと、美術品を見るように表裏を眺め回し、シャッターの押し具合を確かめながら「自撮り」した。相撲取りのような体形の巨匠が、日本人の手のひらサイズのカメラで自撮りする様子がとてもおちゃめだった。

 取材後、映画会社の人が「あれはあなたへのサービスでもあるんですよ。巨匠が自らシャッターを押したとなれば価値が出ますから」と教えてくれた。

 来日の度に通訳を務め、コッポラ一家をよく知る字幕翻訳者の戸田奈津子さんは「80年代は『まずNHKの研究所に連れてってくれ』でした。当時は映像技術の最先端を行ってましたからね。研究所の責任者が大阪出身の人で『コッポラはんはホントに何でもご存じでんなあ』と驚いていた言葉が今でも忘れられません」と振り返る。

 そんな憎めない巨匠は家庭人としても「困った人」だったようで、妻のエレノア・コッポラさん(81)が自らの体験をもとに監督した「ボンジュール、アン」(8日公開)でそんな一面を垣間見ることができる。

 カンヌ映画祭から、撮影現場のブダペストを経由してパリに向かうことになった監督夫妻だが、妻が耳に変調を起こす。飛行機に乗る夫とは別行動を取らざるを得なくなり、友人のフランス人映画プロデューサーの車で陸路パリへ向かうことになる。

 仕事に忙殺される夫と違い、友人は名物料理や旧跡を案内しながら妻を癒やす。1日の行程がいつの間にか1泊の小旅行となる。戸惑いながらも生気を取り戻す妻。夫からは「相手はフランス人だ。気を許すな」と頻繁に連絡が入り…。

 戸田さんは「主人公の年齢や外見は違いますが、内面はエレノアそのままですね。アメリカ人には珍しく夫に尽くすタイプです。夫が自分の服のサイズを知らなかったり、妻が一生懸命荷造りしている横で夫がゆっくり新聞を読んでいたり、コッポラ夫妻そのもので笑ってしまいました」という。

 エレノアさんが監督してエミー賞を獲得したドキュメンタリー「ハート・オブ・ダークネス」(91年)では、大作映画「地獄の黙示録」(79年)にのめり込み私財をつぎ込んでいくコッポラ監督の常軌を逸した様子が活写されている。が、今回の作品の中ではプロデューサーとして「金が掛かるからラクダは使うな、ヒツジを使え!」と、現場の監督に芸術性より採算性を押しつける皮肉なエピソードも織り込まれている。

 友人男性と妻の1泊旅行が題材であり、自身のちょっと恥ずかしいエピソードも織り込まれているのだが、おおようなコッポラ監督はいたって協力的だったという。「撮影に当たっては夫が交渉役を買って出てくれて、コストは半分くらいになったと思います」とエレノアさんは明かしている。

 劇中では小旅行中の妻に娘からメールが入る。フランス人の男性と2人でいるという妻の説明に娘は「ラッキーじゃない!」。娘のモデルはもちろん学生時代のソフィア・コッポラ監督(46)だ。秘め事めいた状況もジョークでやりとりできるファミリーの信頼と、微妙な距離感が伝わってくる。

 ソフィア監督にも4年前にインタビューしたが、若くして両親のもとを離れたいきさつを「別に反乱を起こそうっていう気持ちがあったわけではないの。周囲のセレブ的空気に染まるのが嫌だったし、ちょっと距離を置きたかった」と説明している。先の戸田さんの話に通じるが、この映画では随所にリアルなコッポラ・ファミリーがのぞく。

 ソフィアさんは自らの監督現場を振り返り「年長のスタッフたちが私にものすごく協力的なのも父へのリスペクトがあるからだろうし、そういうときに父の偉大さを実感しますね」と語っていた。

 「困った人」だが「大きい人」。結局はコッポラ監督の魅力的な実像が浮かび上がる。

 劇中ではアンの役名のエレノアさんをダイアン・レイン、マイケルの役名のコッポラ監督をアレック・ボールドウィン、そして友人役にはフランスで監督、脚本家、俳優として活躍するアルノー・ヴィアールがふんしている。

 「フランスは花の匂いが違う」「これは生きているチーズだから太らない。アメリカのは冷蔵された『死体』だから脂肪だけが体に残る」…付け足しのようになってしまったが、エレノアさんならでは五感を刺激するセリフや映像もこの作品の持ち味だ。【相原斎】