頭では分かっていても、半世紀前の最先端技術をリアルに映像で再現するのは簡単ではない。スタッフが撮影中に反すうしていたのが「ポケットのスマートフォンの方が月面着陸に使用されたコンピューターより強力」という厳然とした事実だという。

アポロ11号のニール・アームストロング船長を主人公に69年の月面着陸成功の背景を描いたのが「ファースト・マン」(2月8日公開)である。スマホ1つで何事も解決する現在からは想像しにくいが、不具合を1つ1つ手作業でつぶすアナログ環境。偉業に至る「奇跡」の積み重ねが伝わってくる。

冒頭シーン。空軍テストパイロットのアームストロングはほぼ円筒形のシンプルな実験機に乗り、マッハの速度で宇宙の際まで上昇する。ガタピシがすさまじい。気を失いそうな揺れと重圧の中で操縦かんを操るギリギリが、つんざくような音響とアップを多用した映像で再現される。当時の過酷な技術最先端を実感させられる。

メガホンはデイミアン・チャゼル監督、アームストロング役はライアン・ゴズリング。「ラ・ラ・ランド」コンビの再タッグだ。

この作品について初めて話し合ったときのことをチャゼル監督は振り返る。「私はミッション遂行の映画だと言いました。一方のライアンは喪失の物語だと解釈していたんです」。歴史に名を残した男は何を得て、何を失ったのか。2人の正反対のアプローチが光と影となり、実在の人物の輪郭をあぶり出す。往年のハリウッド・ミュージカルを一直線に再現した前作とは打って変わり、描写1つ1つに表裏を感じさせる。

劇中では、アームストロングの家族思いのエピソードが印象的だが、娘の病死をきっかけに彼はさらに過酷なNASAの宇宙飛行士に転じる。訓練用の機械は公園の遊具を組み合わせたような外見だが、高速回転に、名うてのテストパイロットたちもへどを吐く。

それでも、国の威信を懸けた開発は着々と進み、宇宙遊泳とドッキングを果たしたジェミニ計画の完遂で、いよいよ月面着陸を目指すアポロ計画が始動する。

一方で、ソ連との開発競争にあおられ、事故が頻発。仲間の葬式も日常だ。冷静な妻も精神的に追い詰められる。隣人の宇宙飛行士エド・ホワイトの妻は「安定という意味では最高かもしれないけど、歯科医に嫁いだ友人は『退屈で死にそう』って言っているわよ。私たちの方がよっぽどいい」と彼女を元気づける。原作(ジェイムズ・R・ハンセン)脚本(ジョシュ・シンガー)ともに関係者への入念なリサーチに基づいているから、エピソードの断片1つ1つにもリアリティーがある。

月面着陸までの見どころは詳述を避けるが、遠隔操作部分に比べ、飛行士たちの操作スキルに頼る部分は想像以上に多く、その分スリリングだ。月面シーンの再現にも目を見張る。試写後には、愛蔵書「アポロ写真集 月面着陸1号」(朝日新聞社、AP通信社共編、69年8月発行)を改めて開き、クオリティーを再確認した。

「アポロ13」(95年)「ドリーム」(17年)と、月面着陸の前後を描いた秀作はあったが、その本丸に正面から向き合った映画は実は初めてかもしれない。半世紀を経た今だからこそ、ということなのだろう。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)