アレック・ボールドウィン主演の西部劇「Rust」の撮影現場で起きた銃の暴発事故が、ハリウッドに大きな衝撃を与えています。

日本でも報じられている通り、米ニューメキシコ州サンタフェ郊外のセットでボールドウィンが発砲した小道具の銃で2人が死傷する事故が起きたのは21日のこと。胸を撃たれてヘリコプターで救急搬送された後に死亡が確認されたのは、女性撮影監督として輝かしいキャリアが期待されていたハリーナ・ハッチンズさんで、ジョエル・ソウザ監督も負傷して病院で手当てを受けた後に退院したことが分かっています。

これまでの報道で、現場でボールドウィンに銃を渡したのは助監督であること、その際に弾薬の入っていない「コールドガン」であると伝えていたこと、武器担当はキャリアの浅い新人だったこと、この事件の前にも銃に関する事故が起きていたこと、それが原因で前夜にスタッフの大半が辞職したこと、低予算のため労働環境が過酷だったことなどが分かっています。複数のメディアが銃には実弾が入っていたと伝えていますが、実弾の使用が禁じられている撮影現場でなぜそのようなことが起きたのか謎が深まる中、ずさんな安全管理や現場の状況が見えてきました。

アレック・ボールドウィン(ロイター)
アレック・ボールドウィン(ロイター)

ハリウッドで撮影中に銃に関する事故が起きたのは、これが初めてではありません。今から28年前の1993年には俳優ブルース・リーの息子ブランドン・リーさんが、「クロウ/飛翔伝説」の撮影中に他の俳優が撃った小道具の銃によって死亡する事故が起きています。この痛ましい事故をきっかけに撮影現場での銃の取り扱いに関するルールが変更され、より厳しくなったと伝えられています。銃を扱う現場には武器専門の担当者がおり、何重ものチェック体制を敷いて安全確認を行った上で撮影は行われています。

ではなぜ、今回このような悲劇が起きてしまったのでしょう。空砲だと言って手渡された銃になぜ実弾が入っていたのか現時点で分かってはいませんが、通常は俳優に銃を手渡す前に、本人の目の前で銃に空砲を装填(そうてん)するところを見せて確認をさせ、たとえ空砲でも本物の銃として扱う訓練を受けさせていると、ある武器の専門家はCNNのインタビューで語っています。つまり、今回はそうして安全確認を怠ったことが原因だと推察できますが、一般の人にとってはそもそも映画の小道具の銃ってレプリカじゃないの? という疑問があると思います。

エキストラが持っている分には玩具の銃でも違いは分からないでしょうが、主役級の俳優ともなるとやはりリアリティーを追求する結果、小道具であっても実物を使うことがあるといいます。ただし、撮影用の銃に実弾を使うことはなく、「ブランク」と呼ばれる弾頭がない空砲を使います。こうした実弾の入っていない銃を「コールドガン」と呼び、反対に実弾入りの銃は「ホットガン」と呼んで区別されています。そして、1980年代以降は武器を扱う撮影現場には武器の専門家がいて、小道具に使うすべての銃を準備・管理し、安全かつ適切に使うよう役者たちに指導することも義務付けられています。銃など武器を使用するシーンには必ず立ち会うことが求められており、事故が起こらないよう常に銃の行方や扱いに目を光らせているのだといいます。

ブランクは先端に弾丸はありませんが、火薬は使われているので、コールドガンであっても至近距離で人を狙えば死傷させる危険性があることに変わりはありません。そのため、「空砲でも殺傷能力があるので実銃と同じように扱うこと」「自分自身や他人に銃口を向けない」「撮影の準備が完了するまで引き金に指を置かない」「資格のある人だけが銃に装填することができる」「銃口の先にいる人物は保護シールドなどを使うこと」など事細かなルールが決められています。

ルールでは装填は小道具の責任者や武器の専門家、または彼らの下で直接働く経験豊かな助手が行うことになっており、それ以外の人物が銃に弾を入れることは基本的にありません。また、通常はブランクが装填されるのはカメラが回る直前で、全てのスタッフが配置についてから最後の最後に行われるといいます。武器担当者は危険な区域に人が近づくことがないことを確認した上で装填することになっているからです。しかし、今回の事故では、助監督が小道具の銃が置かれていたタイヤ付きのカートの上から銃を取ってボールドウィンに手渡していたことが分かっており、それは通常ではありえないことだったことが分かります。

また、今回撃たれたのは撮影監督と監督でしたが、カメラに向かって銃を構えて撃つこと事態は珍しいことではないといいます。しかし、その場合は安全のためにカメラはリモート操作にするか、それができない場合は銃口の先にいるスタッフは安全ゴーグルや安全バイザー、プラスチックのスクリーンなどで保護することが求められているといいます。もちろん、これら安全シールドは実弾には耐えられませんが、空砲であるという前提なのでプラスチックの防弾スクリーンでも十分だというわけです。

ではなぜ、実弾が装填されていたのでしょう。武器担当者が怠慢だったことは言うまでもありませんが、助監督がきちんと確認していれば事故は防げたはずです。報道では、銃を手渡した助監督は以前から現場の安全に十分に配慮せず、銃の扱いに関する知識や経験も欠如していたことが伝えられています。しかし、それ以前になぜ現場に実弾入りの銃が持ち込まれてしまったのか謎は残ります。これについて、ピープル誌はスタッフが問題の銃を使って、撮影の前にセットの外で娯楽目的の射撃訓練を行っていた可能性を報じています。この報道通りだった場合、誰かが実弾を入れて射撃を行った銃がそのまま現場に持ち込まれたとことになります。

しかし、そもそもブランクを使うなら実弾は必要ないのではないかという素朴な疑問があります。ある専門家によると今回使用されたリボルバー(回転式拳銃)の場合、空砲を装填した後に銃が暴発しないか確認するため、セットの外で実弾を入れて事前にテスト射撃をしてから俳優に使わせることはあり得るのだといいます。

まだ捜査中であるため事実関係は公になっておらず、逮捕者も出ていませんが、そもそもなぜ危険な銃を撮影で使う必要があるのかと言った論争も起きています。リハーサルなら発砲できないレプリカで十分だし、そもそも実弾は現場に持ち込まれるべきではないとの指摘もあります。さらに技術が進歩した現代ならCGを使えば良いという意見もあります。しかし、小道具を使って実際に撮影する方が簡単で安上がりだというメリットがあるほか、いくら映像技術が進歩していても、本物と比較するとクロースアップではリアリティーが感じられないという声もあります。また、実際に銃を撃つ時の俳優のリアクションがCGでは出せないという意見もあるようです。

今後、過失致死事件として立件されるかどうかは不明ですが、民事訴訟に発展する可能性は高いとみられています。その場合の責任の所在についてボールドウィンにはないという意見が大多数ですが、プロデューサーもつとめている以上、現場の責任者の1人として被告に名を連ねる可能性はゼロではありません。この悲劇を機に、再びハリウッドで銃の使用の是非が話し合われることは間違いないでしょう。【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)