ゾンビ映画「カメラを止めるな」が話題を呼んでいる。制作費はわずか300万円。今年6月に都内2館で公開したところ、ネットや口コミで絶賛の声があふれ、今では都内だけではなく、全国でも公開されるほどの快進撃となっている。これまで世間的に注目されることのなかった上田慎一郎監督(34)も、これで一躍時の人になった。

 たった1つの作品で人生が変わる。映画に限らず、舞台でも同じようなことが度々起こる。その中でもっとも有名なのが、現在、東京・渋谷の東急シアターオーブで来日公演が行われているミュージカル「レント」(12日まで)。エイズ、同性愛、ドラッグなどさまざまな問題を抱えながら、夢を諦めずに生きる若者たちを主人公に、96年にオフ・ブロードウェーで初演された伝説の舞台。日本でも日本人キャストで何度も上演され、来日公演も2年ぶりと、人気の公演だ。

 この作品の脚本・作曲・作詞を担当したのはジョナサン・ラーソン。大学で演劇と音楽を学び、卒業後は週末にダイナーでウエイターとしてアルバイトしながら、作曲に没頭。30歳目前で、プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」を現代に置き換えたミュージカルの企画を持ち込まれ、92年に「レント」を完成させた。94年にワークショップ公演を行い、95年にアルバイトも辞めた。96年1月24日、翌25日のオフ・ブロードウェー公演初日を前にした最終稽古を終え帰宅したが、深夜、台所に倒れているジョナサンが発見された。死因は大動脈瘤(りゅう)破裂、35歳だった。

 25日、公演中止も検討されたが、遺族の了解も得て、歌だけの上演という形で初日の幕を開けた。しかし、1幕ラスト、今や人気曲となっている「ラ・ヴィ・ボエーム」を歌う場面で、1人がたまらずテーブルに上がり、他の出演者もそれに続いた。その後は完全な形で上演され、静かに幕を閉じた。長い拍手が続いた後の沈黙の中、観客の1人が叫んだ。「サンキュー、ジョナサン・ラーゾン」。

 同年4月にはブロードウェーに進出し、ジョナサンはピューリッツァ賞戯曲部門最優秀作品賞、トニー賞ミュージカル部門の最優秀作品賞などを受賞。08年までロングラン公演された。今回の来日公演の出演者は若手が多く、ツアー公演は初めてだったり、数年前に大学を卒業したばかりの新人もいる。初日では「エンジェル」役が登場してきただけで、大きな拍手が起こった。異例のことだった。それだけ、「レント」を愛し、待ちかねた人が多かったのだろう。ジョナサンはたった1つの作品で、世界の人の心をつかんだ。【林尚之】