数々の名優を生んできた俳優座養成所の出身者がまた1人亡くなってしまった。古谷一行さん、78歳だった。

古谷さんは、中央大学法学部在学中の1964年に俳優座養成所に16期生として入った。1つ上の15期は栗原小巻さん、村井国夫さんのほか、亡くなった地井武男さん、夏八木勲さん、原田芳雄さん、林隆三さん、太地喜和子さん(留年して16期生として卒業)と多士済々の俳優たちを輩出し「花の15期」とも言われた。16期にも古谷さんをはじめ、峰岸徹さん、大出俊さんらがいたが、俳優座は16期を最後に養成所を閉鎖しており、古谷さんらが最後の養成所出身者となった。

古谷さんはドラマ「金田一耕助シリーズ」「金曜日の妻たちへ」「失楽園」など主に映像で活躍したが、十朱幸代と共演した舞台「マディソン郡の橋」や「マハゴニー市の興亡」など印象に残っている舞台も多い。最後の舞台出演は、20年1月に神奈川芸術劇場で上演された草なぎ剛主演の音楽劇「アルトゥロ・ウイの興隆」だった。

同舞台は、ナチスドイツのヒトラーが独裁者として上り詰める過程をシカゴのギャングに置き換えて描いたブレヒトの作品で、古谷さんはシカゴの市議会議長を務める政治家ドッグズバローを演じた。草なぎ演じるウイに自らの不正行為をネタにゆすられ、心ならずもウイの台頭を許してしまう。古谷さんは草なぎとの丁々発止のやりとりが見事だったし、立場が逆転してろうばいする老政治家の哀愁を鮮やかに体現していた。同年秋には胃がんが判明し、胃の摘出手術を受けたという。翌21年11月に同舞台は再演されたけれど、そこに古谷さんの姿はなく、他の俳優が演じていた。今思えば、20年1月の舞台で、古谷さんは俳優として最後の輝きを放っていた。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)