12月の歌舞伎座「13代目市川團十郎白猿」襲名興行を見て、さまざまな感慨が交錯した。

まず、市川新之助が粂寺弾正役で主演した「毛抜」。父團十郎が海老蔵時代の30歳の時に初めて演じた粂寺弾正を9歳で挑んだ新之助はせりふによどみなく、美しい腰元を口説く場面も難なく演じて見せた。しっかりと稽古を重ねた新之助のけなげな姿に大きな拍手が何度も起こった。何よりも共演した人間国宝の中村梅玉をはじめ、中村雀右衛門、中村芝翫らが手を抜くことなく、9歳の主役を支えていたから、見る者の記憶に残る初舞台となった。

そして、坂東彌十郎。「助六」で髭の意休を演じた。敵役の大役だけれど、柄にもあって、見事な意休だった。彌十郎の初舞台は17歳と遅く、その後も役に恵まれない時期が長かった。30代から幅広い役を演じる貴重な脇役として活躍したが、「鎌倉殿の13人」の北条時政役で一気にブレークした。時政効果もあって、66歳で「ずっと役の勉強をしていました」という念願の大役を得て、結果を残した。わずか9歳で主演する御曹司がいれば、66歳で大役をつかむ人もいる。それが歌舞伎の世界でもある。彌十郎は体調不良のため15日から休演しているが、1月の歌舞伎座では「人間万事金世中」の主演が決まっている。せっかく手にしたチャンスを生かすためにも、1日も早い復帰を願っている。

最後に今月の舞台から復帰した市川中車(57)。「鞘當」でケンカを仲裁する留男の茶屋亭主役で出演し、「口上」では前から2列目の左端に座ったものの、あいさつする場面はなかった。今年8月下旬にクラブホステスへの暴行疑惑が報じられ、ドラマ、CMを降板するなど活動を自粛していた。今回は歌舞伎界入り前から親しい團十郎や従弟の猿之助が手を差し伸べて、舞台に立っている。息子の市川團子に父の名跡である市川猿之助を継がせるために、46歳で歌舞伎界に飛び込んだ中車だが、今は歌舞伎に救われている。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)