ドラマ「北の国から」などで知られる脚本家の倉本聰さんが亡くなりました。91歳でした。
追悼する番組もいくつか放送され、4日夕方にはNHKで82歳の倉本さんの執筆現場や舞台演出に密着したドキュメンタリー番組「プロフェッショナル仕事の流儀」(本放送は17年)が再放送されました。終盤では倉本さんの最後の舞台作品となった「走る」の初日の様子が放送されましたが、杖をついて歩く倉本さんに寄り添い、優しい言葉をかける女性の姿にちょっと目が行きました。妻で女優だった平木久子さん(92)でした。
平木さんは俳優座養成所の5期生で、同期に平幹二朗さん、映画監督になった藤田敏八さん、脚本家のジャームス三木さんがいました。卒業後の1956年に「劇団仲間」に入団し、文芸部に所属して戯曲を書き始めていた東大生の倉本さんと知り合いました。その後、倉本さんはニッポン放送に入社。平木さんも劇団雲に移籍し、61年に結婚しました。
平木さんは75年の演劇集団円旗揚げに岸田今日子さん、橋爪功さんとともに参加しましたが、その直前に倉本さんの「騒動」が起こりました。74年のNHK大河ドラマ「勝海舟」の脚本を担当しましたが、演出にも口を出そうとする倉本さんとNHK側が対立。倉本さんは脚本を投げ出し、札幌に逃避行。放送途中で脚本家が代わる事態となりました。77年に倉本さんは富良野に移住し、81年から放送の「北の国から」が生まれました。
東京に住んでいた平木さんも富良野に移住し、執筆に専念する倉本さんの世話をする一方、84年に倉本さんが私財を投じて開校した私塾「富良野塾」もサポートしました。女優としても、演劇集団円の公演に度々出演し。ユダヤ人夫婦が営む小さな紳士服のアトリエを舞台にした「アトリエ」(2003年)、老夫婦が語る都市の記憶の物語「天使都市」(07年)を見ています。品のいい、自然な演技が印象的でした。数多くの名作ドラマを生み出した倉本さんの傍らには、女優だった平木さんが寄り添う姿がありました。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)




