女優阿部純子(28)が、長谷川博己主演の映画「はい、泳げません」(渡辺謙作監督、6月10日公開)に出演する。14年に国際映画祭で主演女優賞を受賞するも、力不足を感じ、約1年間の海外留学を決意。帰国後はさらにスケールアップし、国内海外問わず唯一無二の存在として活躍している。【佐藤勝亮】

★輝く笑顔

東京の最高気温が25度を超えた、4月中旬-。ギラギラ輝く太陽に負けないくらい、阿部のスマイルはキラキラと輝いていた。

涼しさを求め始める6月、プールが舞台の映画が公開される。泳げない堅物男(長谷川)と、風変わりな女性水泳コーチ(綾瀬はるか)の交流がユーモアたっぷりに描かれる。阿部は、長谷川演じる大学教授・小鳥遊雄司の恋人で、シングルマザーの奈美恵役。

「私はプールに行くシーンがなかったので、どんな作品になっているのか、どんなふうに仕上がっているのかなと、私自身も楽しみにしながら撮影していました。(泳ぐ事が特技だが、プールのシーンがない)そうなんです! 泳げるんですけど(笑い)。最初の初稿の段階ではあったんですけど、なくなっちゃいました(笑い)」

映画のタイトルにちなみ、阿部にできないことを聞いた。

「『はい、トマトが食べられません』。こんなボケでいいんですか(笑い)。あ、すぐに道に迷うので『はい、地図が読めません』。地図を見ても分からなくて、(所属事務所)アミューズに来るのも結構大変で(笑い)。15分前に(最寄りの)渋谷駅に着いても毎回迷って、結局ギリギリです」

★海外評価

インタビューが始まってからずっと笑顔だが、劇中では、ガラッと表情が変わる。街中で人を観察し、役作りすることが多いという。

「知らない間に『何かヒントないかな?』って、アンテナを立ててしまっている時があって。今回の役はこれまでにあまりなかった、自立して自分の人生は自分で切り開くような強い女性だったので、街中にいたすごいオシャレなお母さんを参考にさせていただきました。お子さんと一緒にいたんですけど、『本当にお母さんなのかな?』って思うくらい、すてきなお母さんでした」

映画は、顔を水につけることすらできない小鳥遊が、大騒ぎしながら水を恐れるきっかけになった過去と向き合い、泳ぎを通し再生していく物語。

「何歳になっても新しいことに挑戦する姿は、すごくすてき。私も留学に行っていましたが、まだ英語に苦手意識があるというか…。ジョークも理解するのに時間がかかって、笑うのが1テンポ遅れたり(笑い)。でも、いくつになっても学び続ける姿勢って、本当にすてきだなって思います」

★留学決意

阿部も常に挑戦を続けてきた。小学生で芸能界入りし、ファッション誌モデルなども務めた。14年には主演映画「2つ目の窓」で、サハリン国際映画祭主演女優賞を受賞。作品はカンヌ映画祭に出品されるなど、一気に注目を集めた。だが、“絶頂期”とも言える映画祭出席後に「もっとレベルアップしなきゃ」と、当時の所属事務所を辞め、演技と語学を学ぶために留学を決意した。

「当時は、何が起こっているか分からないままという感じでした。(共演の)村上虹郎君もいたんですけど、彼は英語をしゃべれて。でも自分は、何を言っているのかまったく分からなくて。周りだけが目まぐるしく動いていて、『何か私もアジャストしなきゃ』ってすごく混乱しました。他の映画祭に1人で参加させていただいた時には、いろんな監督と、ご一緒できる食事会があって。でも『何を言っているんだろう』って。多分、すごい面白い話をしているだろうに。『もったいないな』って」

その後、独学で英語を学びニューヨーク大演劇科に留学。米国人と寮生活をしながら、発声練習や即興演技など稽古に励んだ。1人1人で違う「常識」や「普通」。そこには、知らなかった世界が広がっていた。

★西加奈子氏の小説

「ニューヨークの道を歩いていても、黒人、白人、私みたいなアジア人がいたり。いろんな宗教、人種の人が集まっていて、それが当たり前でした。そこにいると、自分が当たり前だと思っていたことが覆されるというか。当たり前が1つではないと思うようになりました。何を考えているか分からないから関わらないのではなく、知ろうとすることがまず大事なのかなって。1つの寮でもいろんなストーリーがあって。クラブに行って帰ってくる子もいれば、毎日泣いている子もいたり(笑い)。そういうのも含めて面白いというか、すごい環境だなって」

帰国後は、16年のNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」で“再出発”。その後も日本の話題作をはじめ、英語劇など、海外の作品にも多数参加している。いつもそばには、ヒーローのように頼れる存在がいる。それは、西加奈子氏の小説「サラバ!」だ。

「本を読むのが好きなんですけど『サラバ!』には、お守りになるような言葉がたくさんつまっていて。『あなたはあなたでしかないの。あなたが信じるものを、他の誰かに決めさせちゃいけないわ』という文章があって。それを読む度に、『そうだ。しっかりしなきゃ!』という感覚になります。いろんなお仕事をさせていただく中でも、こう言うと語弊があるかもしれませんが、自分の軸、自分自身を大切にすることって、大事なのかなって思っています」

すでに国際的にも評価が高い。3月に開催された「大阪アジアン映画祭」では、ネパールで撮影した映画「バグマティ リバー」で、特別賞にあたる「芳泉短編賞スペシャル・メンション」を受賞した。だが、まだまだ向上心は尽きない。

「作品に対して、ちゃんと応えていくことが大事なのかなと思っています。『絶対に海外じゃないと嫌』ということではないです。いろんな国の人とお仕事をさせていただきましたが、映画作り、作品作りに対する姿勢は変わらないんですよね。今後も、もっといろんな国の人とお仕事ができたら、また楽しい、新しい発見があったりするのかなって思っています」

笑う時は声を出して笑う。阿部が笑うと、周囲も自然と笑顔があふれる。阿部の周りでは、“笑顔の連鎖”が何回も起きていた。

▼映画「はい、泳げません」の渡辺謙作監督

撮影中、阿部さん演じられた奈美恵の心情について話したことがあります。わたしが言葉を選ぶ、その理屈まで透徹しようと、大きな黒い目で凝視してきました。貪欲に吸収しようとする熱意に、こちらの身が引き締められました。決して器用な俳優ではないと思います。ですが、それがいい。立派な根を張っています。まっすぐ太い幹もある。光を浴びる濃い葉はきらめいている。阿部純子は、間違いなくたわわな果実をならすでしょう。

◆阿部純子(あべ・じゅんこ)

1993年(平5)5月7日、大阪府生まれ。小学生でスカウトされ芸能界入り。10年の映画「リアル鬼ごっこ2」で女優デビュー。14年、主演映画「2つ目の窓」でサハリン国際映画祭主演女優賞。ドラマは、NHK連続テレビ小説「おちょやん」、TBS系「ノーサイド・ゲーム」など話題作多数。特技はピアノ、フルート、趣味はスキューバダイビング。161センチ。血液型A。

◆映画「はい、泳げません」

泳げない小鳥遊(長谷川)と、女性水泳コーチ(綾瀬はるか)の交流をユーモアたっぷりに描いた。顔を水につけることすらできない小鳥遊が、水を恐れるきっかけになった過去と向き合い、泳ぎを通して再生していく。