推し。芥川賞をとった小説「推し、燃ゆ」をはじめ、近年のヒットアニメ「推しの子」など、最近よく耳にする単語。意味を検索してみると「他の人にすすめたいくらい気に入っている人物や物を指す」と出てくる。一般的には、アイドルや俳優など異性の若者を指すケースが多い。
自身の作品でもキャスティングする際には、できるだけ推されている俳優を起用したい。当たり前だが、たくさん推されている=ファンが多いことになり、興行収入に直接影響するものである。もちろんファンだけを頼りしない作品作りを心がけたいが、現実はなかなか厳しい。
そこで今回紹介したいのは、来月公開の監督作品「その恋、自販機で買えますか?」で主演を務める松田凌(32)。人気BL漫画が原作で、10月1日よりアニメイトシアター(池袋)で上映される。映画以外では、舞台「刀剣乱舞」をはじめ、「進撃の巨人(リヴァイ役)」や「東京リベンジャーズ(佐野万次郎役)」に出演する人気若手俳優の一人。
兵庫県尼崎市出身で特技は少林拳空手(西日本優勝)、繊細の心の機微を描く作品なだけに、やんちゃなかんじだったらどうしよう?(偏見ですいません笑)、とちょっとだけ心配していた。いざ衣装合わせで会ってみると、ビジネススーツを着こなし眼鏡をかけたその姿は、彼が演じるアラサー会社員・小岩井さんそのもの。とても舞台でリヴァイやマイキー(佐野万次郎)を演じていたとは思えない。これまでのキャリアの中でさまざまな役をやってきた成果なのか、しっかりと役作りをしてきたことがその場でわかった。
登場人物が3人しかいないこともあり、膨大なセリフ量の中、撮影では長回しもなんなりとこなす。もう少し芝居をと思ってさらに回した時はさすがにNGになったが、そこでまわりのキャストスタッフにごめんなさいと謝るその姿を見て、こちらの方が申し訳なくさえ思った。多数の作品で座長を務めてきたこともあり、責任感はもちろん、芝居をやりたい情熱にあふれているのがわかり、感心した。
また、彼自身舞台と舞台の合間の上、撮影自体もタイトなスケジュールだったが弱音を吐くことなどはもちろんなく、役に没頭するその姿はプロフェッショナルそのもの。その姿を見てまた仕事をしたい人がいるのだろう。こちらもまたいつか必ず仕事がしたいと思い、撮影が終わった後もまわりにいい俳優だったと事あるごとにすすめている。ここでふと、あーこれが推したいってことねと気付く。松田凌。今後の活躍に期待です。
◆谷健二(たに・けんじ)1976年(昭51)、京都府出身。大学でデザインを専攻後、映画の世界を夢見て上京。多数の自主映画に携わる。その後、広告代理店に勤め、約9年間自動車会社のウェブマーケティングを担当。14年に映画「リュウセイ」の監督を機にフリーとなる。映画以外にもCMやドラマ、舞台演出に映画本の出版など多岐にわたって活動中。また、カレー好きが高じて南青山でカレー&バーも経営している。今後は映画「その恋、自販機で買えますか?」「映画 政見放送」が公開。
(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画監督・谷健二の俳優研究所」)