国村隼(61)が、38年の俳優人生で初めての体験をしたというベルギー、フランス、カナダ合作映画「KOKORO」(バンニャ・ダルカンタラ監督)が、16年3月にフランスで公開されてから1年8カ月を経て、ようやく日本で公開された。国村がニッカンスポーツコムの単独取材に応じ、日本を舞台に、心(こころ)をアルファベット表記にしたタイトルがついた作品の魅力、作品を通して見詰める現代日本、海外でも評価が高まる俳優業について語った。

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 「KOKORO」は、フランスに住む女性アリス(イザベル・カレ)が、放浪の旅から戻った直後に交通事故で急死した弟ナタンが生前、生きる意欲を見つけたと語った日本に、弟の足跡をたどる1人旅をする物語。国村演じるダイスケは、崖に立つ自殺志願者を自宅に招き寄り添う元警察官で、ナタンの人生を変えた存在だ。フランス人女性オリビエ・アダムさんの原作小説は、福井県の東尋坊で自殺志願者を思いとどまらせる元警察官の茂幸雄さんの人生をつづり、茂さんはダイスケのモデルにもなった。

 -一口で表現し難い、心に訴えかけるこの種の映画は昨今の日本には、あまりない

 国村 本当におっしゃるとおりだと思います。人のコミュニケーション…1人の人間が人生をまっとうしていく過程にある、いろいろなことを人と共有したり、ぶつかったりすることを取り扱っている映画だと思います。

 -茂さんご本人を役作りの参考にしたか?

 国村 モデルになった方のことは一切、知らないんです。その方をコピーすることではなかろうと思いますので。最初、台本を読んで、自分の中に何かを抱えている人やな、とイメージした。取っ付きやすい人でも、実は親切な人でもない。崖から飛び降りようとする人を、1人でも減らしたいという思いはあると思いますが、彼自身にもその答えはないんじゃないかなと思うくらい…ただ寄り添うだけなんだと思うんです。

 国村は、ダイスケや主人公アリスの内面、心情について説明する時「(登場人物自身)言葉に置き換えて人に説明できるほど客観視できていない」と何度か繰り返した。言葉で明確に説明できない登場人物の感情が、スクリーンからにじむ背景には、ベルギー人のダルカンタラ監督による特殊な映画製作手法があるようだ。

 国村 (監督の)バンニャ自身が「せりふの中の論理性を伝えたくて映画を作っているんじゃなくて、どんな空気感、においが立ち上がるかに興味があって、それを撮りたい」、「1つ前のテイクを見て、感じたこともすてきだし面白いと思うんだけど、こちらのテイスト、色合いでやれば、引き込まれるし面白いかもしれない。試してみたい」と言うんです。監督自身が作ろうという意図はなくて「そういうものが見たい」というだけなんです。どうなっていくかを見たいわけで…彼女自身も分からないわけですよ。だから、こっちも分からない…誰にも答えがない中で、さっきこっちに行ったから、今度はこっちに行ってみようという感じ。(手法として)近い人はいましたけど、はっきりとそうやる監督は、初めてかも知れません。

 -もっと具体的に

 国村 バンニャが、流れの中でニュアンスの違う状況を、現場に立ち上らせるように仕向けて演出し、こちらもその流れに乗って(役として)生きる。それにバンニャの現場は、フレームはフィックス(固定)じゃないんです。カメラマンは(カメラを体に着けて安定させる)ステディカムの変形版を着けて、体に小さいデジタルカメラが付いていて動きたいところに動いて撮る。空気の違いを感じながら動く…カメラマンも演じる僕ら被写体も同じなんです。画作りで、はめ込んでいくやり方ではバンニャの現場では撮れない。そういうところも含めて、他と違う映画かも知れませんね。

 アリスは、社会的に地位がある夫と子ども2人がいる一見、幸せな家庭を営んでいるが不満を抱えている。その中、1人旅に出た日本で、ダイスケが自殺志願者を招き、同居する家に身を寄せ、日本人と出会い、旅の目的が自分探しに変わる。

 国村 アリスの夫は、経済社会の中に生活が組み込まれて、価値観は全てそっち側から引っ張られている。アリスは夫とコミュニケーションが取れない、家庭に夫婦の心と心のふれあいがない関係性になっていることに気付く。そして日本に来て、いろいろな人との心のふれあいを経験しながら、誰かが作ったような価値観に縛られることはない、自分は自分の心のままに何かをすれば良かったんだ…と気付きます。

 アリスは日本で横に誰かいて欲しい…でも、それは夫ではないと気付き、村人ジロウ(安藤政信)と一夜の関係を結ぶ。規範や倫理に背いたという罪悪感とは違う心の解放が見えたシーンだった。

 国村 規範というのは結局、あるがままのものではなくて、人間が自ら作りだしてきたものやから結局、自分の首を絞めているのと似ている。アリスは多分、そのことに気付いて…だから、自分を解放していくんでしょうね。

 ベルギー人女性監督は、アリスが心を解放した国として日本を描いた。次回は国村が、外国人が描いた日本の国で、日本人を演じて考えた、現代の日本について語る。【村上幸将】