大ベテランの伊東四朗は今年が年男。6月15日に84歳の誕生日を迎えます。60、70代は「青春で、何をやっても20代と変わりない」と老いを感じなかったそうですが、「80代に入って、頭、目、耳、鼻、舌が一遍に悪くなった」。それでも、2月に生誕?!80+3周年記念公演「みんながらくた」に主演するスーパー80代です。「僕は目標とか夢とか持たない人間。フラットに生きられれば十分」と、自然体を貫いています。【聞き手=林尚之、山内崇章】

昨年11月、トークライブ「あたシ・シストリー」を2日で4回公演を行い、客席を笑いでいっぱいにした。それでも伊東は「80代に入って、頭、目、耳、鼻、舌が一遍に悪くなった」と嘆く。「60、70代は青春で、何をやっても20代と変わりがなかった」と振り返り、「今はドラマでのちょっとしたセリフでも負担に感じることがある。でも、それは仕方がないことで、回復はしない。今の状況を維持することを考えるしかない」。

取り組んでいるのが、1000桁まで覚えた円周率、日本の昔の国名などを常に暗唱すること。「若い人でも1日に脳細胞が何十万と減っていると聞くと、怖い。少しでも減らさないように努力しないと」。

以前から続けるウオーキングも1年前から夫婦で歩くようになったという。「川沿いの遊歩道を歩き、400メートルのグラウンドの外周を何周かして、途中の八百屋で買い物をして帰る。ベンチで休憩しながら1時間20分歩いて、6キロぐらいかな」。気が向いたときにダンベルを持ち上げ、腕立て伏せもする。「根を詰めてやったり、義務でやるのは嫌」と、自然体が身上だ。

55歳から20年ほどテニスに夢中になった。「それまではゴルフをやっていたけど、テニスは行ける限り行って、多い時は週3回、1日8時間もやった。1日1センチずつでも進歩するのが楽しかった。でも、膝を痛めて75歳でやめました」。

79歳で運転免許を返納した。20代から50年も乗っていた。「高齢者講習で、幼児に対するような話し方をされて自尊心がズタズタになった。今、高齢者の事故がニュースになるけど、返納で運転による不安がなくなった」という。

食事も以前はご飯を3杯食べたが、「今は1杯。好き嫌いなく、かみさんが作ってくれたのを食べるだけ。納豆は毎日食べています」。晩酌も楽しみの1つだ。「ビール1杯に、焼酎が1合。自分の量が分かっているので、いい眠気がきて、熟睡できる。休肝日の翌日のお酒が楽しみですね」。

2月には伊東四朗生誕?!80+3周年記念と題した座長公演「みんながらくた」が控える。「こんなにプレッシャーを感じたことがない。でも、こういう状況だから、喜劇をやっていたい」。今年は年男で、6月に84歳となる。「僕は目標とか夢とかを持たない人間。他の人が考えてきてくれたから。うまい飯を食べて、おいしい酒を飲んで、よく眠れたら満足。フラットに生きられれば、それで十分じゃないかな。そして、少しでも長生きがしたい」。88歳の米寿記念公演も期待しています。

◆伊東四朗(いとう・しろう)1937年(昭12)6月15日、東京都生まれ。58年に石井均一座に参加。62年に軽演劇仲間の三波伸介、戸塚睦夫と「てんぷくトリオ」を結成。その後、ベンジャミン伊東として「電線音頭」「ニン」などのギャグも流行。「伊東家の食卓」やドラマ「おしん」「笑ゥせぇるすまん」「平清盛」「おかしな刑事」、映画「マルサの女」など人気作品に続々出演。現在も生放送で出演する文化放送「伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛(パッション)」は今年25年目。聴取率も長らく単独首位を堅持する。