「二刀流」といえば大リーグのエンゼルスで活躍する大谷翔平投手の代名詞。だが、日本の歌謡界にも二刀流で奮闘する芸達者がいる。28年目を迎える演歌歌手岩本公水(46)は、陶芸家としても20年以上のキャリアを誇る。マイクを持つ手で、時には熱心に土をこね、12年前からは陶芸展を毎年開催。二刀流を目指した経緯や思いなどを聞いた。

「歌手を目指し、故郷の秋田から上京したのが94年。デビューまでの約1年間は毎晩のようにお友達らを家に呼んで一緒にご飯を食べたんです。そうしたらお皿が足らなくて。どういう器に料理を入れたらおいしそうかな~と考えて陶芸教室に通いました。それがきっかけです。せっかく東京に出てきたんだから、すてきな作品を作りたかったんです」

真面目で凝り性な性格や手先の器用さもあり、陶芸の腕はメキメキと上達。10年には初の陶芸展を開催するまでになった。やがて、陶芸教室では物足りなくなり、15年には陶芸工房「凜」を埼玉県内に持った。翌年には窯も作った。

歌手として多忙な毎日を送りながら、合間を縫って陶芸にものめり込む。「陶芸をやるようになって歌うことが一層楽しくなったんです。歌はにぎやかで陶芸は静か。まったく違う世界を味わえるし、『動』と『静』の両方をやることで、自分の中ですごくバランスがいい」。二刀流の相乗効果を実感する。そして、どちらもゴールは同じだと説明した。「歌は多くの人に助けてもらって成り立っているじゃないですか。陶芸は逆で、土をこねて色を塗って焼くまで全部1人でやる。だから孤独だなって思うんです。でも、実はゴールは同じ。多くの人に喜んでほしい、楽しんでほしいという思いなんです。結局は、どちらも人とのつながりなんですよ」。

これまでに花瓶や皿、茶わん、帯留めなど3万点以上を作ってきた。陶芸展では即売も行い、最高額は10万円のランプシェードだ。「私の上半身くらいの大きさがあって、カエルが100匹くらいはいつくばっている作品でした」。

売上金の累計も相当なのでは? 下世話な質問をぶつけると「いやらしいわぁ~」と苦笑しながら「秋田なら小さな古民家を1軒買えるくらい」と明かしてくれた。

2年以上に及ぶコロナ禍で、コンサートなどは延期や中止を余儀なくされた。時間はたっぷり生まれたが、陶芸にはプラスになっていなかったという。「時間があると作業が丁寧にはなるんです。でも、だから良い作品ができるわけではない。忙しくて『どうしよう!』と言っている時の方が良い作品ができる。どっちも刺激をしあって、歌が忙しいほど陶芸もいいものができるんですよね。本当に不思議です」。

陶芸をやっているデメリットもあるのか? すると「手が荒れる」と即答だった。「脂が土に吸い取られてカサカサになってあかぎれができる。コンサートでファンの人と握手をした時に『陶芸家の手ですね』と言われると、女の子としては恥ずかしいです」。

今年も陶芸展を開催する。秋田県由利本荘市の道の駅「東由利」で8月15日から11月5日までの予定だ。「秋田弁をいっぱい入れた作品を作っています。『んめ』(うまい)、『ままける幸せ』(ご飯を食べられる幸せ)などを書いているので、楽しみに待っていただけたらうれしいな」。

陶芸の心構えは「2度見、3度見をしたくなる作品を作る」。だが、歌は反対に「1回聴いて心に残る」だという。「だってヒット曲ってそうじゃないですか。1回聴いたら『あっ、これ良いな。誰が歌っているのかな』って気になる。そういう歌を歌いたい」。先月24日に歌手生活28年目に突入した。「30周年までにはそういう作品を出したい」と言い切った。

コロナがまん延する前は、鳥取や岡山から「コンサートをやってほしい。できれば陶芸展も一緒に」との要望が届いていた。現在は今秋開催に向けて進み始めている。

取材の最後、所属事務所社長が「このままコロナが7、8年も続いて、歌の仕事がなくなったらどうしようかと真剣に考えていました。その時に『あっ、陶芸で食っていけるな』みたいなことも考えていたんです」と突然の告白。すると岩本が「やめてっ!私は死ぬまで歌いたいんだから」。

生涯歌手宣言をした岩本は3日後の4日が47歳の誕生日。年を重ね、気持ちを新たに歌と陶芸の二刀流にまい進していく。【松本久】

▼岩本から陶芸を学び、その様子を公式YouTubeチャンネルにアップしている歌手石原詢子(54) 旅先で陶芸体験は何度かしたことがありますが、身近に陶芸に詳しい公水ちゃんがいる! と聞いたら、即「教えてください」とお願いして、このたび、お着物の飾りとなる「帯留め」をご指導頂きつつたくさん作らせて頂きました! もう無心になって…というか童心に返って本当に楽しく作らせて頂きました! 次はもっと大きいものを教えてもらいつつ作りたいです。さすが、歌手と陶芸家の二刀流!

◆岩本公水(いわもと・くみ)1975年(昭50)6月4日生まれ、秋田県羽後町出身。高校を卒業後、歌手を目指して上京。約1年の会社員生活をへて、95年5月に「雪花火」でデビュー。97年にNHK新人歌謡コンテストでグランプリを獲得し、同年の紅白歌合戦に初出場。代表曲に「一生一度」「絹の雨」「しぐれ舟」など。4月6日に新曲「憂愁海峡」を発売した。陶芸展は10年から毎年開催中。「羽後町観光宣伝大使」「秋田市観光クチコミ大使」などに就任。血液型O。