先月、イギリスの新首相にインド系のリシ・スナク氏が就任しました。夫人の父親は世界的IT企業インフォシスを創業したインドの大実業家です。改めてIT大国インドの躍進を印象づける出来事でした。来年には中国を抜いて世界最多の人口を擁する見込みです。知っているようで知らないこの国の素顔は、いくつかの映画で垣間見ることができます。【相原斎】
■移住
13年に公開された「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(ジョン・マッデン監督)は、老後のリゾート生活を夢見て北インドの観光都市ジャイプールにやってきた7人の英国男女の物語です。それぞれの事情から、英国での老後に幻滅しての移住だったわけですが、桁違いのカルチャーギャップにさらされます。
ホームページで見た「豪華ホテル」の実態は、改装前の廃虚のよう。恐ろしいほどの人波や、大都会とは思えない鳥獣の多さにもみくしゃにされ、「高級ディナー」に腹を下します。一方で、人々の優しさに触れ、生きることは権利ではなく、授けられるもの…等々の死生観に心洗われて、しだいに日々は楽しく、安らかになっていきます。
この映画に触発され、7年前に実際にジャイプールを訪れたことがありますが、腹を下さなかったことをのぞけば、ほぼ同じような体験をしました。「インド入門」のお手本的作品と言えるでしょう。
7世紀に「0」の概念を生み出したインドには、グーグルをはじめ国際的企業にトップを輩出するIT大国という一面もあります。
日本在住44年になる貿易商ジャグモハン・S・チャンドラニさんは4年前の取材で「私が住む西葛西にインド人のコミュニティーができたのは2000年問題を控えて、98年頃から多くのITエンジニアがやって来たことが始まりです」と振り返りました。
米国のバラク・オバマ氏が大統領在任中にそんな理数系大国の原動力と称賛したのが「SUPER30」という私塾です。貧しさゆえに入学許可の出た英ケンブリッジ大への進学を断念したアーナンド・クマール氏が、その私塾を作ったいきさつを描いたのが、今年9月に公開された「SUPER30 アーナンド先生の教室」(ヴィカース・バハル監督)でした。
かつての自分同様に才能がありながら将来を閉ざされた子どもたちのため、無料の私塾を開設したクマール氏は「日常のすべてに疑問を持て」「金がないなら工夫しろ」と独特の教育方針で、最難関インド工科大学に塾生30人を全員合格させます。映画では学びの場を得た生徒たちの生き生きとした目が印象的でした。一方で、富裕層によるこの塾への妨害工作など、根深い格差社会の陰の部分も浮き彫りにしています。
チャンドラニさんによれば「西葛西はリトルインドとも言われますが、中華街のような区画はありません。地元に溶け込んでいくんですね」。国際的な企業のトップだけでなく、スナク首相がかつての宗主国である英国の政界で頂点に上り詰めることができたのは、そんな適応力と関係あるのかもしれません。
■配達
もっぱら人力に頼りながら、インドならではの正確無比な「システム」が登場するのが「めぐり逢わせのお弁当」(13年、リテーシュ・バトラ監督)です。
インドの都市部では、夫の出勤後に妻が弁当を作り、職場まで配達してもらうのが一般的です。自転車に乗った配達人が住宅街の担当区域を回り、まずは最寄りの駅に弁当が集められます。これが方向別に仕分けされ、職場のある駅へ。さらに職場別に仕分けされ、昼時には個々のデスクに届きます。目印は弁当に付けられた符号だけです。高度な仕分け機とバーコードで自動管理する日本の物流とは違い、すべてが人の目と手で行われているのです。
映画は誤配から芽生えた禁断の恋を描いています。が、この配達システムに興味を持った米ハーバード大学の解析によれば誤配の確率は600万分の1とのことですから、この人力システムの正確さは驚きです。
一方で、47年の分離独立以来、隣国パキスタンとは緊張関係が続いています。当時進行中だった両国の和平会談に深刻な打撃を与えたのがパキスタンの武装勢力による08年のムンバイ同時多発テロでした。
■事件
この事件をドキュメンタリータッチで描いたのが18年の「ホテル・ムンバイ」(アンソニー・マラス監督)です。市内の高級ホテルに勤務するウエーターの目を通し、テロリストが襲来したホテルでのサバイバルに緊迫感がありました。事件の生存者たちに取材を重ねたという脚本にリアリティーがあり、宿泊客を逃すために尽力するホテルマンたちのプロ意識が記憶に残りました。
■言語
欧米もしくはインドも加わった合作映画から見た「インド社会」について紹介してきましたが、そもそもインドは減少傾向にあるとはいえ、日本の6倍に当たる約2億人の映画人口(年間観客動員数)を誇る映画大国です。純インド産映画にも傑作は少なくありません。
私が最初に見たインド映画はサタジット・レイ監督(92年70歳没)の「大地のうた」(55年)でした。陰影の効いた絵画のような背景で、貧困にあえぐ一家の人情の機微を映す、奥行きのある作品でした。黒澤明監督は「サタジット・レイの映画を見たことがないとは、この世で太陽や月を見たことがないに等しい」とまで言っています。
多くの国際賞に輝いたレイ監督ですが、その作品が地域限定のベンガル語で撮られたため、実は母国での認知度はそれほど高くありません。ヒンディー語を筆頭に公的に認定されているだけでインドには22言語があり、これが文芸作品より「わかりやすい映画」が求められる一因にもなっています。95年に日本でもヒットした「ムトゥ 踊るマハラジャ」(K・S・ラヴィクマール監督)に代表されるいわゆるボリウッド映画が王道なのです。歌と踊りをふんだんに盛り込み、終始ハイテンションで突き進むスタイルです。劇場では、映画に合わせて歌って踊りながら楽しむこの国の「マサラ上映」という観賞方法にもぴったりなのです。こうした大作映画は国内でも複数の言語版が製作され、多言語国家ならではの対策も講じられています。
世界4大文明の1つに数えられる地だけに歴史への思いも強いようです。チャンドラニさんから、カレーのスパイスについてこんな話を聞きました。
「スパイスは食材のうまみを引き出すため、そして健康のためのサプリメントという考え方です。冬は体を温めるためにナツメグやブラックペッパーを多めに夏は消化を高めるためにクミンシードなどを多めに入れます。中国の薬膳料理が知られていますが、そもそもは仏教と一緒にインドの考え方が伝わって薬膳料理ができたのです」
中国4000年の歴史より、1歩先を行っていると言いたいのでしょう。ボリウッド調にこの誇りが加味されるとどうなるか。古代都市マヒシュマティを舞台に架空の王国を描いた「バーフバリ 伝説誕生」(15年、S・S・ラージャマウリ監督)と続編「-王の凱旋」(17年、同)は、史実を掘り下げるというよりは、古代の王に現代にも通じる「理想の姿」を重ねています。直球で感情移入できる仕上がりで、インド歴代興行1位と4位にランクインしているのも納得です。
主人公のバーフバリは奴隷身分の臣下を「父」と慕い、愛する女性のためなら王座にも背を向ける「理想のヒーロー」として貧困や格差にあえぐ観客の留飲を下げたのです。
■象徴
旧称ボンベイから名付けられたムンバイの「ボリウッド」はインド映画産業の象徴です。実はそのボリウッドに最近陰りが見えています。今年上半期に公開されたボリウッド映画26本のうち20本の興行収入が総製作費の5割以下という成績だったのです。
3年前までは着実に興収を増やしていただけに、コロナ禍の影響が大きいことは間違いありません。劇場でハイテンションで楽しむインド流観賞が、他国以上にコロナの影響を受けたことも想像に難くありません。そして、Netflixなど動画配信の利用者が若者を中心に倍増。一人きりや仲間内の少数による観賞方法は、ボリウッド映画一辺倒から、欧米や韓国映画などニーズの多様化をうながすことにつながっているようです。
配信ビジネスの拡大は日本や欧米以上にインドの映画産業に重たくのしかかっています。
◆相原斎(あいはら・ひとし) 1980年入社。文化社会部では主に映画を担当。黒澤明、大島渚、今村昌平ら各氏の撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。インドの旋律がもっとも記憶に残るのは、なぜか米スパイク・リー監督の「インサイド・マン」(06年)。母校ニューヨーク大の教壇に立つ監督が、生徒の勧めで見たインド映画から借用したそうで、「チャイヤ、チャイヤ」のリフレインが印象深い。